泣かないで、わたしの恋心、涙は“お前”にはにあわない。

宮本浩次
泣かないで、わたしの恋心、涙は“お前”にはにあわない。
2019年2月12日に、エレファントカシマシのボーカル“宮本浩次”ソロデビュー曲「冬の花」がリリースされました。現在放送中、木村佳乃主演・火曜ドラマ『後妻業』主題歌であるこの曲は、歌詞人気が非常に高く歌ネットのデイリーやリアルタイムランキングで連日TOP3内にランクイン。今日のうたコラムでは、そんな注目曲をご紹介いたします。 いずれ花と散る わたしの生命 帰らぬ時 指おり数えても 涙と笑い 過去と未来 引き裂かれしわたしは 冬の花 あなたは太陽 わたしは月 光と闇が交じり合わぬように 涙にけむる ふたりの未来 美しすぎる過去は蜃気楼 「冬の花」/宮本浩次 宮本が『最後の最後に、晩節において、大きな美しい大輪の花を咲かせるイメージ』で書き下ろしたというこの曲。ただし、歌の冒頭の時点で<わたし>の心を占めているのは自分が“咲く”ことではなく“散る”ことです。おそらくその理由は、決して<交わり合わぬ>であろう<あなた>との<未来>にまだ期待してしまっているからでしょう。 叶わない<ふたりの未来>に到達するための時間を逆算すればするほど、感じるのは<わたしの生命>のタイムリミット。さらに<あなた>にとっての<わたし>の“美しさ”や“価値”の旬が終わってしまうことへの哀しみ。いっそ諦められれば楽なのですが、美化された<蜃気楼>のような<過去>に惑わされ、心身が引き裂かれる想いで、冬枯れの地面=厳しい現実から茎を伸ばし、なんとか生きている状態なのではないでしょうか。 泣かないで わたしの恋心 涙は“お前”にはにあわない ゆけ ただゆけ いっそわたしがゆくよ ああ 心が笑いたがっている 「冬の花」/宮本浩次 そしてサビでは、自分をそんな状態に陥らせている<恋心>を“お前”と擬人化し、語りかけるのです。泣かないでいい、とにかく進めと。それでも<あなた>を想って<恋心>の足がすくむのなら、先に<わたしがゆく>から、考えるよりまず行動して生きてみるから、ついてこいと。こうして<わたし>は、本当は<涙にけむる ふたりの未来>など手放して<笑いたがっている>自分の“心”を取り戻そうとしているように思えます。 なんか悲しいね 生きてるって 重ねし約束 あなたとふたり 時のまにまに たゆたいながら 涙を隠した しあわせ芝居 さらば思い出たちよ ひとり歩く摩天楼 わたしという名の物語は 最終章 「冬の花」/宮本浩次 さて、歌が進むにつれ<わたし>には変化が訪れます。泣き笑いのような<なんか悲しいね 生きてるって>というフレーズに滲んでいるのは、悟り。生きているから<あなたとふたり>で約束を重ねてくることができた。生きているから、たとえそれが叶わぬ約束だとわかっていても<しあわせ芝居>で誤魔化して、期待し続けてしまった。 でも生きているから、もう潮時だと思わずにはいられない。生きているから<わたしという名の物語>の“最終章”のために<思い出たち>と今、決別しなければならない。悲しいけれど、しあわせ芝居の“ふたり”のまま、死ぬことはできなかったのです。そうやってついに<あなた>を手放し、シーンは<ひとり歩く摩天楼>へと移ります。 悲しくって泣いてるわけじゃあない 生きてるから涙が出るの こごえる季節に鮮やかに咲くよ ああ わたしが 負けるわけがない 泣かないで わたしの恋心 涙は“お前”にはにあわない ゆけ ただゆけ いっそわたしがゆくよ ああ 心が笑いたがっている ひと知れず されど誇らかに咲け ああ わたしは 冬の花 「冬の花」/宮本浩次 その末に待つ歌の終盤。これまで綴られていた<涙>とは、種類が違うことがわかりますね。これは、生の実感の涙であり、かつ、最後の最後まで生き尽くそうという覚悟の涙なのです。そして冒頭では“散る”ことしか見えてなかった心は<こごえる季節に鮮やかに咲くよ>と、<ひと知れず されど誇らかに咲け>と、“咲く”意志を掲げているのです。 また<わたしが 負けるわけがない>というフレーズが印象的ですが、人生の負けとは何でしょうか。後悔しながら死んでゆくこと、誰かや何かを恨み憎みながら死んでゆくこと、自分の心を殺しながら死んでゆくこと、ではないでしょうか。<わたし>はそんな負け方をしたくない。だから歌にも<あなた>への負の感情なんて綴られておりません。 晩節、覚悟を決めて<ひとり>の道を選び、誰のためでもなく、自分のために<ひと知れず されど誇らかに>咲く。その“誇り”こそが最も<わたし>という<冬の花>を美しく咲かせるのでしょう。こうして宮本浩次は、歌の最後の最後に<わたし>を生き尽くす“誇り”を高らかに歌い上げ、大きな美しい大輪の花を咲かせているのです。 胸には涙 顔には笑顔で 今日もわたしは出かける 「冬の花」/宮本浩次 語りの声で幕を閉じてゆく歌。笑いたがっている心をつれて、今日の扉を開ける<わたし>の強さ、眩しさ、美しさが伝わってきます。自分の人生に誇りを持って生きたいけれど、なかなかそれができないというあなた。是非、宮本浩次「冬の花」を聴いてみてください。 ◆紹介曲「 冬の花 」 2019年2月12日デジタル配信リリース 作詞:宮本浩次 作曲:宮本浩次