風がただ吹いている

ネクライトーキー
風がただ吹いている
2026年8月5日に“ネクライトーキー”が『煙とブルー e.p.』をリリースしました。タイトル曲「煙とブルー」は、TVアニメ『ヤニねこ』のエンディングテーマ。原作の大ファンである朝日(Gt)が過去に“いつかヤニねこがアニメ化されるときは主題歌を担当したい”という趣旨のSNS投稿を行っていたことがきっかけで書き下ろした1曲です。さらに今作には、ネクライトーキー流のネクラポップ/ロックを詰め込んだ全4曲が収録。 今日のうたでは“ネクライトーキー”の朝日による歌詞エッセイをお届けします。綴っていただいたのは、収録曲「 風がただ吹いている 」にまつわるお話です。作詞がよくわからない、歌詞は必要なのか。そんな問いを抱きながらも詞先で曲を作ってみたとき、改めて気づいたことは…。 もう曲作りを始めてから十何年経つが、未だに作詞というものがよくわからない。 音に何かしらの方法論があることについては理解できる。結局のところサウンドは振動だし現象だし数字ではあるから、正と負が明確にある。それについて俺が正確に理解できているかどうかはさておき。 歌詞ってなんだろう。言語という限られた不自由なコミュニケーションツールの中で、やれ悲しい嬉しい綺麗だ汚いをあの手この手で表現するのが主な役割なわけだが、要るかな、この役割。いや、別に要らないとまで言い切るわけではないが、音楽というひとつの額縁の中である種の不純さを感じなくもない。だからこそ慎重にもなるし、何を書けばいいかわからなくなる時も多々ある。 ここまでだらだらと前振りなのか言い訳なのかよくわからない文を書き連ねたが、今回リリースしたEPに収録されている「風がただ吹いている」という曲は詞先で作った、という話がしたい。 歌モノの曲作りする人を本当に雑に二分すると、メロディを先に作る人と歌詞を先に作る人に分かれる。そして俺はメロディを先に作る。メロディを作ってからそこにハマる言葉を当てていくことが楽しい。なので歌詞を先に、という順序は選択肢としてそもそも浮かばないのだが、だからこそ逆張りとして先に作詞するという手順を踏みたくなった。 しかしまぁこれがとにかく難しい。曲を作るにあたってまずポエムを書き連ねるのだ。ギターを触るより先に。なんでだ。とにかく筆が進まない。おそらく俺はメロディにいろいろな恥部を隠してもらっていたのかもしれない。 歌詞があてられていない段階のメロディには当然だが言葉が無い。ただ少し湿度のある空気感だけを纏っている。鼻歌と少々のコード進行があれば悲しい、とか楽しい、とか壁を一枚挟んだ向こう側くらいの雰囲気は伝わる。しかしその壁がない状態で生まれる歌詞は、剥き出しすぎる。もはや壁、とかではなく一糸纏わぬまま俺の頭の中を往来闊歩しているのだ。 もちろんそれをそのまま世に発表するわけではないが、みんなも一回ノートにポエムを書くとか、あまつさえそれを朗読してみるとか、やってみてほしい。俺の気持ちがわかると思う。世に出すとか関係なく、言葉というのはありとあらゆる情報が伝わりすぎる。 ここまで書いておいてなんだが件の「風がただ吹いている」は全編において詞先で作ったわけではない。だが、もしかしたらどこが詞先でどこが曲先なのか伝わるんではなかろうか? 別にクイズにしたいわけではないが、聞いてみてもらって「なんかここ剥き出しだな~」と感じる部分があるならその勘はきっと当たっている。その上で、音楽と言葉がどんな関係値で共存しているのかなんてことに想いを馳せるのも楽しいかもしれない。余計なことだからこそ、僕らは、言葉も音楽の一部なんだと、そう思ってもらえるように信じて送り出している。 とはいえ、感じ方は受け取り手に委ねられるのだ。好きに思っちゃってください。その上で「曲も詞もひっくるめて良い歌だな」と思ってもらえたなら、それほど嬉しいことはないから。 <ネクライトーキー・朝日> ◆紹介曲「 風がただ吹いている 」 作詞:朝日 作曲:朝日 ◆Digital EP「煙とブルー e.p.」 2026年8月5日発売 <収録曲> M1. 煙とブルー M2. エレキの気持ち M3. 風がただ吹いている M4. 余計なこと















