二人が見つけたかった“救い”は。

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二人が見つけたかった“救い”は。
2025年10月1日に“hoge”が新曲「幽霊」をリリースしました。小説家兼作曲家のnasuo.sinoが送り出す、音楽×短編小説プロジェクト初のリリース作品。同名の小説から生まれた楽曲であり、ボーカルは台頭著しい新進気鋭の歌い手:aixe(アイゼ)をフィーチャリング。唯一無二の歌声で、nasuo.sinoによる「幽霊」の世界を歌い上げております。 さて、今日のうたではそんな“hoge”のnasuo.sinoによる歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、新曲「 幽霊 」の歌詞へとつながる前日譚です。純粋無垢な愛とは。そして、この物語の二人が見つけたかった“救い”とは何だと思いますか…? こんにちは、nasuo.sinoです。 音楽×短編小説プロジェクト“hoge”で活動しています。 10月1日に新曲「幽霊」をリリースしました。 今回の作品は、期待はずれの世界で、互いの存在を唯一の“救い”とした二人と、その後に待ち受ける喪失の物語です。異常な環境や倫理外の世界でも、純粋無垢な愛があるのではないかと思い、この曲を作りました。 これから綴る短編小説は、「幽霊」の歌詞へとつながる前日譚です。 ____________________________________ 「生まれるべきじゃなかった」 彼女は息を吐くように、この言葉を口にする。長い付き合いではないが、聞き慣れたものだ。彼女にとっての日常は、まるで無数に流れる雲のようだ。一見、感じの良い言葉に聞こえるかもしれないが、そうではない。 たまたま自然の摂理によって生まれ、形は今一つはっきりとせず、だらだらと空を泳ぐ。生まれてきたこの姿に仕方なく名前をつけたり、何かに喩えたりする。それが彼女にとっての日常。ただ、その日常は緩やかなものばかりではなく、風が強い日もあれば、雨が降る日もある。というか、晴れた日なんか滅多にないだろう。 消化されない不平不満は、タバコの煙と共に空へ吐き出され、灰皿に積まれた吸い殻が物語っている。それらを踏まえれば、彼女の言葉には何の違和感もない。 その最中、僕の空も絶賛大雨警報中。新調したばかりのスマホを落とし、画面に蜘蛛の巣が住み着いてしまったのだ。悪天候な二人が隣り合わせで歩いていると目の前で大災害でも起きてしまいそうで、ヒヤヒヤとする。この彼女の何とも言えない怠惰に親しみを感じ、惹かれていった。 そんな浮かれたことを考えながら「僕も」と答える。その後は、二人で「早く死にてぇな」そう言うことまでが、僕たちのお決まり。 最近、僕の空に気だるそうな雲一つと晴れが増えた。 彼女と付き合ってから数ヶ月が経った。世間は相も変わらず、不倫や不祥事のネタで賑わっている。そんな中、連続殺人事件ニュースも注目を浴びている。被害者は決まって刃物で腹部を刺され、×印のような切られ方をしている。事件で殺された被害者は、四十代の大手会社員、二十代の風俗店員、七十代の老婦人。 同じような犯行が相次いでるため、連続殺人として予測されている。しかし、殺され方の関連性以外は証拠が掴めず、捜査は難航し、未だ犯人は捕まっていない。不幸なことにその事件は近所で起きている。 「何してんだよ、警察は」 蜘蛛の巣の画面に小さく愚痴を吐く。 夜飯の支度に取り掛かろうと冷蔵庫を開けると、缶ビール一つしか見当たらなかった。仕方なく近所のスーパーへ向かおうとしたが、例のニュースが頭をよぎる。急に誰もいないはずのカーテンから視線を感じる。こんな思いをするなら、もっと早くに買い溜めをしておけば良かったと、今さら後悔する。そうは言っても朝から何も食べていない。静寂の騒音に怯えながら家を出る。 いつもより少し早く足を進ませ、近所のスーパーへ辿り着くと、入口は閉まっていた。 「マジか~」 どうやらこのスーパーは、深夜十二時までが営業時間となっているようだ。スマホで調べたところ、少し離れたスーパーなら、まだ営業していると出てきた。お腹の減りは限界を達しているため、急いで向かった。 無事に買い物を済ませ、スマホを見ながら帰宅していると、ふと扉が開いている一軒家が目に入った。住人が出入りしている様子はないが、灯りはついている。そのまま立ち去ろうとしたが、二階に人影が見えた。連続殺人のニュースを思い出す。検死の結果、推測される犯行時間は、深夜帯であると。呼吸が浅くなる。足は無意識と一軒家へ近づいていた。 恐る恐る玄関を上がると、リビングの扉の近くで、服の上から×印に切り裂かれてる男性が倒れていた。思わず息を呑んだ。不思議なことに声が出ない。まるで犯人に首を絞められているかのようだ。すぐにその場から逃げ出そうとしたその時、階段から人が降りてくる足音が聞こえた。腰が抜けてしまい、声が漏れないよう口を塞いでいると、目の前に刃物を持った女が立っていた。 「何でいるの?」 馴染みある声が耳を通った。ゆっくり目を開けると、そこに立っていたのは、僕の彼女だった。 「えっ?」 思考が停止した。心音がやけに鮮明に聞こえる。茫然と座り込んでいると、 「逃げるよ」 と手を掴まれた。 反射的に手を振り払おうとしたが、その手はいつもの慣れ親しんだ安心感のある手だった。考える間もなく、二人は一軒家をあとにした。 彼女は慣れた手つきで、防犯カメラの死角に隠れ、血のついた服からいつも通りの服へと着替えた。そのあとは、何事もなかったかのように僕の自宅へ向かった。側から見れば、深夜買い出しに行ったカップルのようだろう。しかし、ここにいるのは連続殺人犯とその第一発見者。 自宅に着き、不安な気持ちが駆け巡り、蛇口の水を一気に飲み込んだ。少し落ち着いてから、彼女は話し始めた。 「神様っていると思う? もし存在するなら、きっと酷い人だよ。人を殺したい欲望と才能を与えたりするんだから。生まれてくるなら普通の女の子が良かったな。連続殺人の犯人、あれ、私なんだよね。好きでやってないって言ったら嘘になるけど、これでしか私の生きがいは得られないの。何回も警察に自首しようと思ったけど、なかなか勇気が出なくてさ。人を殺しておいて言うことじゃないけど、ダラダラと生きて命を消費していくのも怖いし、自殺するのも怖いんだよね。ただ、殺してる瞬間は生きてる実感があるの。ごめんね、こんな彼女で。捕まるのは時間の問題だと思う。別れよ。」 これからの人生で、二度と聞くことがないであろう別れ話だった。目の前に座っている彼女が、巷で有名な殺人犯であることは分かっている。けど、どう見たってどこにでもいるような普通の女の子で、いつもの僕の彼女なんだ。 黙り込んで座っていると、彼女は僕の返事も聞かずに、その場から立ち去ろうとした。何の言葉も浮かんでいないまま、彼女の手を掴んだ。 「僕が君を助ける。僕が君を殺すよ」 短かった冬を取り戻すかのように、今日はよく冷えている。空は雲ひとつない快晴だ。空気はカラッとして、手を繋ぐにはちょうどいい気温。朝から買い物をして、昼はお洒落なカフェでパンケーキ。UFOキャッチャーで持ち金の半分を使って、映画を観た。まさに絵に描いたような休日デート。今は居酒屋の個室に入って、映画の感想を語り合っている。一体、誰が気づくと言うのだろうか。ここにいるのがあの連続殺人事件の犯人で、その目の前にいる男は、これからその犯人を殺そうとしているということに。 「僕が君を殺す」 そう伝えた時、彼女は炭酸が吹き出したかのように笑った。 「そんなことできるの?」 馬鹿にした声で聞いてきた。 「そんなのやってみないと分からないよ」 そう言うと、また気が抜けたように笑っていた。呼吸を整えてから彼女は喋り始めた。 「なんか、君らしくていいね。嬉しいよ。いきなり笑っちゃってごめんね。ずっと生きているのも死ぬのも怖かったけど、最後に君に殺されるなら、怖くないかも」 彼女の予想外の反応に戸惑いを隠せなかったが、何故か僕も笑っていた。 「場所はここら辺でいいかな」 人気のない山の奥で彼女がそう呟いた。手の震えが止まらない。人を殺したことなんて一度もないし、ましてや最愛の彼女を殺すことになるなんて。それを察した彼女が 「大丈夫。首の頸動脈を狙えばすぐに終わるから」 刃物を持った僕の手を彼女の手が暖かく包んだ。 「あとは私が死んだら、教えた通りにやれば何も問題ないから」 「ちゃんと最後までやってね」 「約束だよ」 「じゃあ、よろしくね」 意を決して今日を迎えたが、途中で怖くなってしまった。 「やっぱりこんなことやめよう」 「誰もいない遠くに行って、二人だけで生きてこ」 しかし、彼女は僕の気持ちとは裏腹に、覚悟を決めていた。 「それもいいと思うけど、私はこれが最善策だと思う」 「私にとって一番の幸せな終わり方」 涙が止まらない。 「でも、殺すなんてできないよ」 すると彼女は少し笑って 「いい?」 「今から私が言うことちゃんと覚えておいてね」 「これからはあんなカッコつけたこと簡単に言ったりしちゃダメだよ」 彼女の手に力が入る。 「まぁ、君のそんな所が好きなんだけどね」 彼女が勢いよく刃物を引き、首元を切り裂いた。 人が死ぬ瞬間は呆気なかった。彼女が僕に溢れて出てくる。冷えた空気を打ち消すように、彼女は優しく包み込んでくれた。抱きしめれば抱きしめるほど、温かかった。彼女との約束を果たすため、教えてくれた作業に取り掛かかる。 僕は、最後の最後で彼女を裏切ることにした。手に持ったナイフで彼女を×印に切り裂いた。血のついた服のまま、近くの交番へ向かい、自首した。 「僕が連続殺人犯です。全て僕がやりました」 彼女のいない人生なんて考えられない。最後くらいカッコつけたっていいよね。だって、僕にとっての彼女はどこにでもいる普通の女の子なんだから。普通の女の子として、彼女を終わらせてあげたかったんだ。 この日、僕の空から気だるそうな雲一つと晴れが消えた。 ____________________________________ 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。二人が見つけたかった“救い”は、何だったのか。ぜひ、その答えを曲と共に見つけてください。 <hoge・nasuo.sino> ◆紹介曲「 幽霊 」 作詞:nasuo.sino 作曲:nasuo.sino