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今日のうた

藤川千愛/愛すべきおじさんの狂気

藤川千愛
愛すべきおじさんの狂気

 2026年3月4日に“藤川千愛”がフルアルバム『半径3メートル』をリリースしました。今作には、TVアニメ『死亡遊戯で飯を食う。』エンディングテーマ「祈り」、TVアニメ『盾の勇者の成り上がり Season 4』エンディングテーマ「永遠に一回の」、デジタルシングルとしてリリースされた「誰も言ってくれないから」の他、多彩な楽曲が収録。    さて、今日のうたではそんな“藤川千愛”による歌詞エッセイを3週連続でお届け。最終回は収録曲「 誰かへ 」にまつわるお話です。古着屋の片隅での、とある“おじさん”との出会い。偶然のような導きと自身の決断を経て、改めて気づいたことは…。 古着屋の片隅で、私はゴルフバッグを抱えたおじさんと、かれこれ30分以上も見つめ合っていた。   といっても、実在する人物ではない。  目の前のハンガーに吊るされた、ヴィンテージのスウェットにプリントされたおじさんだ。プリントされたおじさんには、おじさんを囲うように『次にまたゴルフに行ったら離婚すると妻が言っている……寂しくなるよ!』と書かれている。 それなのに、おじさんは今日も嬉々としてコースへ向かおうとしているのだ。 いったいおじさんはどれほどの頻度で通い、妻からそんな最終通告を突きつけられるのだろうか。そして、そこまで言われてもなおゴルフクラブを握るおじさんの情熱はなんなのだ。 私は、私の好物でもある「愛すべき狂気」をおじさんに感じてしまった。   もしも私が、おじさんのように未来の夫から「次にまたライブに行ったら離婚する」と天秤に掛けられたらどうするだろう。 そういうことか……答えは簡単だ。 私も間違いなく、悲しくも、やっぱりライブハウスの重い扉を押し開けるはずだ。 そう気づいた瞬間、私はこの見知らぬアメリカのおじさんに、他人とは思えない強烈なシンパシーを抱いてしまったのだ。   そして、このスウェットだ。 前の持ち主によっぽど愛され、酷使されたのだろう。カリフォルニアの凶暴な西日を浴び続け、洗濯のたびにアメリカの無慈悲な乾燥機の中で、おじさんも気絶するほど回され続けたに違いない。 もはや「水色」と呼ぶのもおこがましい、息絶え絶えの「疲れた青」に退色している。冷静に考えれば、ただの「汚れた古い布」である。しかも値札には、私の財布をひっくり返しても、小銭をすべて並べても足りないような恐ろしい金額が躍っているのだ。   胃がキリキリと痛み始め、悲しくもおじさんに別れを告げようかと思ったその時だった。店内のBGMがふと切り替わり、チャック・ベリーの「Too Much Monkey Business」が流れ始めたのだ。   「セールスマンが話しかけてきて、“買ってみなよ、来週払えばいいさ”って言うんだ」   なんて、歌っているではないか。 その瞬間、私の脳内に都合のいい落雷があった。 間違いない。 これは古着の神様がチャック・ベリーの口を借りて、「お前がこのシミごと歴史を受け継げ。来月のカードの引き落とし日なんて気にするな」と囁いているのだ。   私は何かに憑かれたようにおじさんを抱きかかえ、レジへと直行し、震える手でカードを差し出した。  見えざる運命の導き。あるいは、単なる理性の欠如である。 自分の無計画な衝動を、私は「見えない誰か」のせいにして正当化した。我ながらひどく都合のいい解釈だが、そうでもして笑い飛ばさないとできない決断だってあるのだ。   しかし、時々ふと思う。ただの偶然だと思って見過ごしている些細な現象も、本当は「誰か」がそっと背中を押してくれているサインなのかもしれない、と。   やたらと風が強く吹く日は、一歩を踏み出せない背中を、見えない神様がそっと押してくれている。雨でなにもかもが霞む日は、余計なものを見すぎて思い悩まないように、神様が優しい目隠しをしてくれている。 その「誰か」の正体は、きっと一つじゃない。   あの古着屋で妄想したように、この先の未来で今の悩みを笑い飛ばしている「未来の自分」、はたまた気まぐれな神様が、私を正しい方向へ導こうとしているのかもしれない。そう考えれば、ゴルフ狂いのおじさんとの出会いも必然だった。   「出会わなかった未来が許さず、僕らをここに連れてきたんだ」   我が家の小さなベランダでは、洗濯を終えたあの「疲れた青」が風に揺れている。 東京の西日に照らされたおじさんが、風に煽られて一瞬、ウインクをしたような気がした。  「それでいいんだ。お前はそのまま好きな道へ進め」  と、背中を押されたような気がした。   海を越えて私のベランダへと流れ着いたおじさんの、謎の「熱」が東京で私に伝染した。 ゴルフクラブから、マイクに握り替えた愛しき熱だ。 やたらと強く吹く風の中で、私は少しだけ笑ってしまった。     願いがもし形を持つなら きっと呼吸のように見えないものさ   風がやたら強く吹く日はね 悩んで踏み出せぬ君の背中 神様がそっと押してるのさ 気付けなくたって愛はそこに   雨でなにもかもが霞む日はさ 見えすぎることで悩まぬように 神様が目隠ししてくれたの 気付けばほらそこに愛がいるよ   都合よすぎじゃない? それじゃ顔見せて 疑り深い僕は罪ですか? 認めたくないよ 今更なんでさ? その手もっと早く差し伸べてよ   君が泣いた分だけ世界は濡れて 僕が笑った分だけ風は眠りにつく 未来なんてさ 僕らの夢の 裏側にひっついた影 そんなもんさ 間違えてばかりの僕の横で なんでもない顔して笑う君は 笑う君はさ ずるいよ ほんと 嗚呼 もう   昨日が何処へも行くなとぐずる 置いてきた言葉が胸を刺すの 神様が忘れものとノックする 気付かないふりしても痛いんだ   君が今ここでぼくの歌を 聴いている理由を知っているかい? 出会わなかった未来が許さず 僕らをここに連れてきたんだ   信じてもいいの? 出来すぎた世界 疑り癖がついた僕の心 君がほどいてよ まだ絡まってる 君が触れた場所だけ熱いんだ 嗚呼   願いがもし形を持つなら きっと呼吸のように見えないものさ 君の熱を僕に預けてよ 君がここにいる理由を 僕はまだ 信じていたいだけなんだ ただ信じていたいだけなんだ   君を泣かせた世界に僕は歌うよ 僕らを此処に放り込んだ誰かに届けよ 未来なんてさ 僕らの夢の 端っこで震えてる影 そのまんまさ 拗らせてばかりの僕の手を なんでもない顔して握る君は  握る君はさ ずるいよ ほんと 嗚呼 もう     <藤川千愛> ◆紹介曲「 誰かへ 」 作詞:藤川千愛 作曲:竹田祐介(Elements Garden) ◆フルアルバム『半径3メートル』 2026年3月4日発売 <収録曲> 1 なかったことに 2 痛いけど 3 誰かへ 4 悪口 5 祈り 6 嘘つき 7 不可逆 8 なんどでも 9 誰も言ってくれないから 10 永遠に一回の 11 ア!ニ!メ!

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