始まりも終わりもなくて、ただ消えていくはずだったのに。

 2018年9月5日に“須澤紀信”が1stアルバム『半径50センチ』をリリースしました。今作のモチーフとなっているのは、自分の手が届く範囲で起こった、身近な出来事を通じて感じた様々な気持ち。まるで“半径50センチ”くらいの距離感で、誰かと話しているかのようなあたたかさや温もりが伝わってくるのです。今日のうたコラムでは、その収録曲から新曲「なんでまだ好きなんでしょうか」をご紹介いたします。

歪な都会の日常に
呼吸がしづらくなってしまって
無邪気な頃の自分を取り戻すように
逃げ帰ったんだ 僕の街へ

何年積み上げたって人間(ひと)は
見せかけだけ大人に変わって
夢と現実を行ったり来たりさ
ただ君だけは あの頃のままで
「なんでまだ好きなんでしょうか」/須澤紀信

 かつては<無邪気>な夢を抱いて、上京したであろう主人公。しかし、年を積み重ねるにつれ<見せかけだけ大人に変わって>、いつまでも<夢と現実>の距離は変わることがないまま、生活のため<歪な都会の日常>のなかで暮らしていかなければならないんですよね…。きっと<僕>はそんな自分の心に生じている“ズレ”を見て見ぬフリをすることに限界が来てしまったから<僕の街へ>帰ったのでしょう。
 
 それを自分では<逃げ帰ったんだ>と表現していますが、もしかしたら“逃げ”ではなく“守る”ためなのかもしれません。なりたい自分や叶えたい夢を“守る”ため。だから<無邪気な頃の自分>がいた場所=【原点】に返ってみることで、壊れてしまいそうな<夢>や<僕>自身を思い出して、取り戻したいと思っているのです。そして、帰った<僕の街>で再会したのが<あの頃のまま>色あせていない<君>でした。

なんでまだ好きなんでしょうか
不確かで疼く胸の痛みは
色褪せずにまだ 鮮やかに残ってる
なんで君だったんでしょうか
ずぶ濡れで錆び付いたはずなのに
また動き出したんだ
あの日から 空白のままだった 次のページが
「なんでまだ好きなんでしょうか」/須澤紀信

 さらに<僕>は、自分の気持ちも<君だけ>に対しては<あの頃のままで>あることに気がつきます。その想いが<なんでまだ好きなんでしょうか>と、<なんで君だったんでしょうか>と、溢れ出すのがサビフレーズ。自分でも不思議なくらいに“まだ”好きで。止めようがなく“また”好きが動き出して。歌の冒頭では<呼吸がしづらくなってしまって>いた心身が生き生きとし始めたのが伝わってきますね。
 
 では<なんでまだ好き>なのか。なんで<君だけは あの頃のまま>なのか。それはきっと<君>が“ズレ”ることなく、この街で自分のやるべきことをやりながら、丁寧に生きてきたからではないでしょうか。大きな夢を思い通りに叶えることだけが幸せではありません。でも、適当にやっていたら時間に流されてゆくだけ。忙しさで心を亡くす人もいる。そんななか“自分の幸せ”を信じて暮らしてきた<君>の在り方を見たから<僕>は、あの頃よりいっそう、心を揺さぶられた…。そんな気がしませんか?

臆病の風が吹く
今までの僕ならそれで投げ出すんだけど
もう逃げ出さない

なんでまだ好きなんでしょうか
不確かで疼く胸の痛みは
色褪ずにまだ 鮮やかに残ってる
始まりも終わりもなくて
ただ消えていくはずだったのに
もう手放せないよ
戻れない 戻らない 何度でも君を想うよ
「なんでまだ好きなんでしょうか」/須澤紀信

 さて、このように幕を閉じてゆく歌。臆病の風が吹く…。すると<今までの僕なら>このまま<君>と<始まりも終わりもなくて ただ消えていくはずだった>のでしょう。それに、これから<歪な都会の日常に>戻るべきか<僕の街>へ戻るべきかの判断も難しかったはず。しかし、終盤では、これまでの<まだ>の不安定さが<もう>の決意に変わってゆくんです。<戻れない>んじゃなくて<戻らない>んだと誓っているんです。

 最終的に<僕>が選んだのがどんな場所なのかはわかりません。ただ、少なくとも、もう<歪な都会の日常>にも<無邪気な頃の自分>にも<今までの僕>にも、戻ることはないのでしょう。この【原点】で手にした新たな決意を胸に<僕>もまた“自分の幸せ”を信じて明日へと進んでゆくのです。ずっと<君>がそうして生きてきたのと同じように。ただの恋心だけではなく、そこから生まれる“生きる”パワーまで描かれているのが、この歌の魅力。是非、それぞれの<僕の街>を浮かべながら、聴いてみてください…!

◆紹介曲「なんでまだ好きなんでしょうか」
作詞:須澤紀信・平義隆
作曲:須澤紀信・平義隆

◆ニューアルバム『半径50センチ』
2018年9月5日発売
YCCW-10330 ¥2,778+税

<収録曲>
01.ユニフォーム
02.なんでまだ好きなんでしょうか
03.オリーブの実
04.いいんだよ
05.りんご
06.omake
07.考えたくもない
08.ノイズ
09.ハミングバード
10.夢の続き
11.はんぶんこ
12.1日の終わりに