言葉は残酷だと誰かが言っていた。

 2022年8月3日に“西片梨帆”が配信シングル「僕らが映画」をリリースしました。同曲は、生活圏内の風景やリアルな感情を鮮やかに切り取り、独特の視点で書かれた歌詞が多くの共感を呼んでいる楽曲。ミュージックビデオには、西片自身が制作に携わり、よりリアルに楽曲で伝えたいメッセージを映像に込めているので、是非ご覧ください…!
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな“西片梨帆”による歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、新曲「僕らが映画」にまつわるお話です。彼女が言葉をつくり、ひとを想い続けたいその理由は…。
 

 
ひとりひとりの人生を辿ってみたいと思う。
その人がこれまでどんなふうに生きてきて、今があるのだろう。
例えば、その人の本棚を覗いて、好きな本を教えてもらいたい。
どこに惹かれたの? 惹かれた部分がたったの1行だとしてもその理由を尋ねてみたい。
きっとそれだけでその人を知れた気になって、満たされるだろう。
 
言葉は残酷だと誰かが言っていた。
また誰かは、好きな人がいることは苦しいと言う。
悲しいことばかりが目立つようにできている毎日に、言葉も好きな人もなければ、 深くまで墜ちることもないのだろうか。時々、考える。
 
深夜から早朝にかけて降る雨が好きだ。自分がどんなに部屋でひとりぼっちでも
この雨だけはわたしをそっと見ているように思うから。
どこかに出かけたいな、そう思ってふらっとお気に入りの喫茶店へ向かう。
そこの店主さんには、もう覚えられていて、軽く挨拶でもしたらいいのに、
人見知りの私は小さくお辞儀をするのに精一杯で、木の椅子に座る。
 
その人が作るデザートには、知性がある。
触れてみたいけど、今はまだこのままにしておきたい。知らないでおきたいと思わせるよ うなデザート。料理を通してそんなふうに思うのは初めてだった。
だからこそ店主さんとはなかなかうまく話せない。
 
だけど今日は、思い切って伝えてみる。
「家にいたら雨が降ってきて、急にここのデザートが食べたくなって。」
 
すると店主さんは、
「なんだかわくわくしますよね。私もいつも、雨の日は外に出たくなるんです。」
 
その会話だけで十分だった。同じ、であることはうれしい。
家にずっといる日は誰かとうまくお話ができないけれど、
今日はこれだけが全てだった。
 
繊細な心。小さな変化に敏感になっている。簡単なことだったのに、今は難しいな。
電車に乗ったり、誰かと話したり。好きな人を想うこと、言葉にすることも。
 
言葉は残酷だと誰かが言っていた。
また誰かは、好きな人がいることは苦しいと言う。
 
それでも、わたしは言葉をつくりたい。人を想いたい。
ひとりひとりの人生を辿ってみたいと思う。
 
<西片梨帆>
 

 
◆紹介曲「僕らが映画
作詞:西片梨帆
作曲:西片梨帆