たった一つのフレーズが自分を奮い立たせてくれることもある。

 姉のMonaと妹のHinaによる、ピアノ連弾ボーカルユニット“Kitri”が、3作連続配信シングルをリリース!6月には第1弾、初のバラードシングル「Lily」を配信リリース。8月には第2弾、シャッフルビートでロックな味わいのシングル「人間プログラム」をリリース。そして10月23日にはKitriのユニット名の由来でもある、文学『ドン・キホーテ』の主人公像からインスピレーションを受けて制作された「赤い月」をリリース!是非、彼女たちの心の奥底に刺さるリリックと癒しの歌声をご堪能ください。
 
 さて、今日のうたコラムではそんな最新作を放つ“Kitri”による歌詞エッセイを第1弾~第3弾でお届けいたします。今回は第1弾第2弾に続く最終回!ファイナルでは、第3弾シングル「赤い月」にまつわるお話と音楽への想いを、Mona目線、Hina目線、それぞれで綴っていただきました。是非、楽曲と併せて彼女たちの言葉を受け取ってください。

~歌詞エッセイ最終回:「赤い月」~

<Mona>

子どもの頃から、机の引き出しにはいつも物語を書くためのノートを入れていた。学校帰りや休日の朝、何かの息抜きにも、暇さえあれば物語を書いていた。小学生の頃、友達と交換するプロフィール帳には「趣味:シール集め」と書いたかもしれないが、本当は空想物語を作るのが好きだったことは、妹Hinaだけが知っている。


今月、配信シングル3作連続リリース企画の第3弾「赤い月」がリリースになる。去年の冬頃からアストル・ピアソラの情熱的な世界観に魅了され、ラテンのエッセンスのある曲を作りたいと思っていて、ようやく形にすることができた。楽曲に参加して下さったのは、礒部智さん、武嶋聡さん、河野広明さん、水永康貴さん。イメージしていたものを遥かに超えるアレンジと演奏で、ほかにない世界観を実現することができた。


この曲を制作するにあたり、密かな情熱があった。古典的な歌詞の内容、歌劇風な構成、クラシカルなピアノフレーズ。それらをいかにポップスに落としこめるかという挑戦である。J-POPの流行からはみ出すようなこの曲をシングルとして選んでくれるスタッフの人たちが周りにいることは、当たり前ではない。心からKitriの音楽を広げようとしてくれている、その強さが嬉しかった。


時は2020年。歌手の方々によって今年もさまざまな等身大の歌が生まれている。そんな中で、<四六時中 疼く痛みは鬼火か?悪魔か?>と空想的に歌ってしまうのはこの曲の主人公である。歌詞を書いた私、Monaでもある。

空想の世界には不可能がない。現実で自分には成し得ないことができたり、実際には言えないセリフを言えたり、誰にも負けない自分に変身できたりする。なぜ幼い頃から空想に惹かれていたのか。今思えば、空想の世界を作り出すことは、誰にも遮られずに自分自身を肯定できる方法だったのかもしれない。ここではありえない夢を描いてもいいよ。そんな、日常の隅にある秘密の居場所だったのかもしれない。



将来、音楽で生きていきたいと思い始めた頃のあるノートを見返すと、「誰かの居場所になるような音楽を作りたい」とあった。相変わらず、そんなことを夢に描きながらこの曲を世に送り出す。ふと誰かの日常で「赤い月」を聴きたいと思ってもらえることがあれば、それが何より嬉しい。


3作連続配信、そしてカバーアルバム『Re:cover』リリース。今年は何も活動ができないかもしれないと覚悟していたところから、少しずつ小さな蕾が膨らみ、聴いてくれる人の笑顔で希望が咲いた今。音楽に出会ってくれた全ての人と、制作に関わってくれた全ての人に心から感謝の気持ちでいっぱいだ。


音楽は形を持たないけれど。たった一つのメロディーが「まぁ大丈夫か」と思わせてくれることもあるし、たった一つのフレーズが自分を奮い立たせてくれることもある。Kitriの歌も誰かの人生のささやかな彩りになれるなら。Hina、次は何を描こうか。扉をあけたらいつでも入れる、日常の隅にあるもう一つの世界。Kitriの空想と音楽の旅はまだまだ続く。



<Hina>

季節はすっかり秋めいて、金木犀の香りがどこからともなく漂ってくる今日この頃。昼は読書に勤しみ、夜は美しい月を眺めるのが私の日課となりつつある。そんな中、音楽というものは、ごく自然に私の日常の一部として存在している。秋になってもそれは変わらないままだ。しかしながら、私たちのつくる音楽は日に日に変化を遂げているように思われる。


6月から隔月でリリースしてきた配信シングルも、もうじき第三弾目のリリースを迎える。「赤い月」と題した新曲だ。リリースするにあたり、この曲を取り巻くエピソード、そして自らの心に秘めた思いを、ここにしたためておきたい。

この新曲を一言で表すとすれば、見知らぬ国の物語、とでも言うべきだろうか。聴いているうちに、自分自身が物語の主人公となり旅をしてしまうのである。知らない街を練り歩き、知らない人々に出会い、知らない言葉を交わし、知らない踊りを踊る。ここは、摩訶不思議な夢の中だろうか。とにかく驚きの連続である。それでいて、ずっと待ちわびていたような気もするのである。

曲が終わった後は狐につままれたようにして、ほんの一瞬放心する。その余韻によって空想の旅が続く。まるでドン・キホーテだ。彼は空想をすることにおいて、ひときわ優れている人物である。もしかすると彼の右に出る者はいないかもしれない。

というのも、この「赤い月」という曲は『ドン・キホーテ』という文学小説をテーマに書いている。それ以前に、私たちのユニット名こそ、そこに登場する少女の名前が由来になっているのであるが。だからというわけではないが、この曲はまた特別な一曲になったと感じている。

なにしろ──読書好きの私からすれば信じられない話であるが──Monaは本からインスピレーションを受けて曲を作ることが滅多にない。これまでの曲作りでは、Mona自身の頭の中で空想を広げ、物語の世界を描いていることが多かった。少なくとも横で見ている分には。ところが、この「赤い月」では小説『ドン・キホーテ』を一から読み、それを拠り所に作詞を始めたのである。空想による物語のような音楽ではなく、物語による空想のような音楽を作った、ということになる。

一足先に聴いてくれた人たちが、また聞いたことのない音楽だ、と言ってくれるのがとても嬉しい。私自身、歌う側としても聴く側としても、それと同様のことを感じている。

新しいことばかりが良いとは限らないが、それでも私たちは新鮮な音楽というものをいつも求めている。それが聴く人のためなのか、自分たちのためなのか、今となっては分からない。新しさは世界を広げてくれるきっかけなのではないだろうか。世界が広がれば見える景色が広がる。物事に対する考え方やアイディア、感情さえも広がっていくのだと思う。その役割を音楽が果たすことができるのであれば、私もその一端を担いたい。そうなれたら、一人前の音楽家として今よりもっと胸を張っていよう。


気づけば、空は紺色に染まっている。日の短さに、ますます秋を感じずにはいられない夕暮れ時である。季節の移り変わりとともに、こうして3作連続リリース企画の幕を閉じる。そのことに、ほっとするような寂しいような、なんとも言えない気持ちが残っている。充足感と安堵感でいっぱいになった心に呟く。変化を恐れず、勇気を持って音楽を届けていこう。同じ時代に生きる全ての人に届けていこう。

私たちは今日も音楽の旅をしている。それはこれからも続いていくだろう。黙々と歩く二人の道。まだ見たことのない景色。そして、そこで出逢ってくれる人々に感謝しながら。

<Kitri>

◆紹介曲「赤い月
作詞:Mona
作曲:Mona