夜が明けたら私たち

 2023年7月19日に“インナージャーニー”が3rd EP『いい気分さ』をリリース!今作には全5曲が収録。以前よりライヴで披露されていた「手の鳴る方へ」以外はすべて今年に入ってから書かれた新曲で、昨年のアルバムリリース、初のツアーを経て、バンドとして大きな成長を遂げた彼らの最新の魅力が存分に詰まった作品となっております。
 
 さて、今日のうたコラムではそんな最新作を放った“インナージャーニー”のカモシタサラによる歌詞エッセイを3回に渡りお届け! 今回は第2弾です。綴っていただいたのは、今作の収録曲「夜が明けたら私たち」にまつわるお話。誰にも知られない、夜が明けるまでの大切な時間を過ごすあなたへ、この歌とエッセイが届きますように。



あまり詳しいことは書けないけれど、かなり早い歳から家族や友人と離れて街を出て、知らない街の知らない家に嫁ぐ女の子たちの話を耳にした。どれだけ不安だっただろうと想像してみても、難しい。
 
私の10代後半って、悩んではいたものの、“将来”とかなんとなく漠然とした不安がうっすらと膜を張っている感じ。楽しいのに、なぜかぼんやりと憂鬱だった。
 
もちろん私には私にしかわからない苦しみとか不安とかがあったのは変わらない事実。だけれどもその時の私と同じ歳くらい、あるいはもっと小さな女の子が、自分で道を切り開けずに過ごすしかない状況がある。彼女たちはその状況が当たり前と思って生きているから、そういうものとして受け入れてしまうのもまた、歯痒さや苦しさが残るような。
 
将来のことを悩んで、選択できることは恵まれていると思う。たまに、会いたい友だちに会うことができるのもまた、恵まれている。幸せであったと思う。
 
少し外側を覗いてみると、私の全く想像の及ばないところに何億通りもの人生があって、同じ時間を生きてきたはずの少女たちがそれぞれ何億通りもの人生を送っている。誰かが決めた自由と不自由の境目で彷徨いながら。ただそれがどんなものであったとしても、幸せか不幸かは誰にも決められないはず。だからどうか自分の気持ちを誰にも渡さないでいてよね、と思いながら私は歌う。
 
「夜が明けたら私たち」は、お別れの歌でもあり、始まりの歌でもある。
 
人と出会ってしまったら、別れはいつか絶対にくる。今日が最後かもしれないし、もしかしたら死ぬまでの付き合いかもしれないけれど、とにかくその時は絶対にくる。けれどそれは悲しくはない。もっともっと良い方向に進むことを祈って進む、そんな少女たちに捧げる歌だ。歌の中で少女たちは、夜が明けるまでの間だけ会うことができている。
 
“夜”はわたしの知らない場所で息をする少女のためにある。太陽の下でうまく笑えない君のためにある。ひとりきりの自分のためにある。だから朝が表通りだとしたら、夜は裏通りかな。
 
夜に眠る人たちは皆あまり気に留めないけれど、太陽の下で動ける人間がまんなかにいる世界で、夜は私みたいな人間をも優しく包んでくれる。暗がりで顔が見えないので、闇の中、心で対話する。夜のそういうところが私は好きだ。日の目を見ないものたちがこっそりと動き出す時間、誰にも知られない人々の物語は確かに動いている。
 
小さい頃はいつまでも続くと思っていた。私が眠って、私が起きるから朝になる。そうして、夜は作られているものだとずっと思っていた。大人になるにつれて、夜は無限ではなくなるのだけど。
 
だから、どうか少女たちが、夜が明けるまでの大切な時間を安心して過ごせますように、と思って歌う。永遠みたいな一瞬を逃さないように、夜が明けても消えないように。
 
<インナージャーニー・カモシタサラ>



◆紹介曲「夜が明けたら私たち
作詞:カモシタサラ
作曲:カモシタサラ

◆3rd EP『いい気分さ』
2023年7月19日発売
 
<収録曲>
1. PIP
2. ステップ
3. 手の鳴る方へ
4. 夜が明けたら私たち
5. ラストソング