記憶がこびりついた道を歩く。

 2023年7月5日に“Panorama Panama Town”が2ndフルアルバム『Dance for Sorrow』をリリース!今作は約4年ぶりのフルアルバム。EP『Rolling』以降の作品からセレクトした楽曲と新曲含む全12曲を収録したフルアルバムとなっております。
 
 さて、今日のうたコラムではそんな最新作を放った“Panorama Panama Town”の岩渕想太による歌詞エッセイをお届け。今回は【後編】です。綴っていただいたのは、今作の収録曲「Knock!!!」にまつわるお話。あなたにとって“何かしらの記憶がこびりついた道”というとどこが思い浮かびますか? そして、何故か懐かしい気持ちになる場所ってありませんか…?



何かしらの記憶がこびりついた道を歩くということを俺はよくする。
 
高校卒業し、大学で神戸に行くという直前の日、通っていた中学校の方へ歩いて行った。夕日を浴びたグラウンドを観ながら、ここで野球部の辛い練習をやっていたな、とか、錆びれた浄水器を見て、なんか使うのを嫌厭していたんだよな、とかそういうことを思った。別に何かが埋まる行為でもないし、今思い返せばかけがえのない記憶とか、そういうものでもない。ただ、記憶がこびりついた道を俺は歩きたくなるのだと思う。
 
大学を卒業し、2年間住んだ東京の町田駅周辺。あの辺りは最近歩いた。町田を出る時はとても疲弊していたし、なんだか次の街にいくぞという気概の方が大きかったから、バタバタと街を飛び出してしまったが、今でもたまにあの辺りを歩きたくなる。
 
駅前の喫茶店に行き過ぎて、店員と顔見知りになってしまい、誰かを連れて行く時、「今日は一人じゃないんですね」とか言われて気まずかったな、とか、当時のドラムに連れて行かれたラーメン屋がピンと来なかったこととか、そんな何でもないことを思いながら街を歩く。
 
体の中の記憶が大事に保管されている部分、そこを彷徨う深海魚のようにふらふらと。ゴツんと大きな岩にぶつかることもあれば、遠くの方、見えるか見えないかの海底に綺麗な珊瑚礁を見つけたりする。
 
町田時代を算入するならば(ここは審議が分かれる所だけど)、東京に来てからもう7年になる。思い入れがあるところは沢山できたが、やはり自分が心の底から好きだと思える場所は新宿だ。
 
新宿の街を歩いていると、何だかとても懐かしい気持ちになる。生まれ育った北九州と似ているから、とか、映画館や気楽に入れる喫茶店が多いから、とか、色んな理由をつけてみたけど、どれもあまりピンと来ず。最近、俺は存在しない記憶の中を歩いているんじゃないだろうか、ということを思う。
 
学生時代、若い頃の両親が新宿に遊びに来ていたという。よく通っていたらしい「DUG」というジャズバーは今でも靖国通り沿いにあって、俺もたまに歌詞を書きに行ったりする。若い頃の親が、同じ椅子に座っていたかもしれないと思うと、それだけで寂しさと浪漫の入り混じったよく分からない気持ちになる。
 
店が長くそこにあり続けること。道がそこに通じ続けていること。そういった浪漫と、二人がそこでコーヒーを飲んでいたその瞬間は、もう二度と戻ってこないという寂しさ。そういったことを安易に言語化したくないけど、とにかくなんとも言えない気持ちになるのだ。
 
「DUG」は村上春樹の『ノルウェイの森』にも登場する。主人公と、友人の女性は大学のドイツ語の授業が終わって、この「DUG」にウォッカトニックを飲みにくる。これは小説の中の話なので(体験談かもしれないが)、実際には起こっていないことだ。ただ、「今ここにない瞬間」という点で、俺の両親の話と共通する。
 
俺は味わってない、新宿近郊での学生生活というものが、自分の中に架空の記憶として存在して、俺はその中を歩くことができる。両親も都内の大学に通っていたこともあり、重ねている面もあるのかもしれないが。
 
新宿歌舞伎町の深夜営業の喫茶店でコーヒーを飲む時、花園神社の境内に座る時、テアトル新宿から出ると一面の夕焼けだった時、俺は一瞬、存在しない記憶の中を彷徨う。あるのかも分からない惑星に飛ばされたロケットのように、オロオロと現実から離れていく。
 
何とも言えない気持ちになる。
 
どうしても埋まらない隔たりを感じることで辛くもなる。西陽が差し込むグラウンドで耳を傾けてみても、チームメイトの掛け声や小気味のいいトスバッティングの音は聞こえない。
 
ただ、その隔たりを確かめたいのだ。どうやっても辿り着けない距離を、その遠さを、俺はこの足で確かめたいのだと思う。この道も、通っていた学校もいつかは無くなってしまう。それなのに、今ここにあることと、それなのに辿り着けない距離を、全身で感じる。
 
そして、その歩みがこの先いつか振り返る参照点になる。「今ここを歩いている俺」に向かって誰かが遠い未来から、絶対に届かないボールを投げてくる。

Panorama Panama Town・岩渕想太>



◆紹介曲「Knock!!!
作詞:岩渕想太
作曲:岩渕想太

◆2ndフルアルバム『Dance for Sorrow』
2023年7月5日発売
 
<収録曲>
01.Run
02.King's Eyes
03.Rodeo
04.Black Chocolate
05.SO YOUNG
06.Cranberry, 1984
07.Melody Lane
08.Bad Night
09.Faceless
10.Sad Good Night
11.Strange Days
12.Knock!!!