√-1

 2022年3月30日に“日食なつこ”がニューアルバム『ミメーシス』をリリース。今作は、多岐にわたるジャンルからさまざまな感性を吸い上げ、“擬態”をテーマに作り上げられました。「この世界たちをいま音と言葉で自分なりになぞったら絶対面白い曲が書ける!」という強いアウトプット欲が生んだ全13曲が収録されております。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“日食なつこ”による歌詞エッセイを3週連続でお届け!今回は第1弾。綴っていただいたのは、今作の収録曲「√-1」に通ずるお話です。



血色の悪い真っ青な手とひび割れそうな真っ赤な手で
いくら手繰って寄せ合ったって存在しない数を
 
漫画を読み耽っていた最中に飛び込んできたのは同業仲間の訃報でした。
 
連絡をくれたのはマネージャーで、「ニュースサイトなどで知るよりもよいかと思いまして」と普段にも増して一層の気遣いを見せてくれたことが今となっては本当にありがたかったと思います。ネット上でいきなりその報せに出会した日にはどれほど動揺したことかわかりません。
 
ともあれ、その訃報に頭のどこかが大きく抜け落ちたような気分になりながら、ひとまず「ご一報ありがとうございます」とだけ返信をしました。信じられなかったというよりも、理解にひどく時間がかかった、という状態でした。空っぽになった頭をそのまま放置しておくとよくない感情に入り込まれそうな気がして、何かを振り切るように漫画の続きに戻りました。
 
読んでいる間は漫画の世界にのめりこんでいました。その時読んでいた箇所は作中でも重要な過去編にあたり、そこそこの衝撃展開の連続に時間も忘れて没頭し、買いためていた数冊分をひといきに読破して、最後の一冊を山の上に積み上げて、はたと現実に戻りました。静かな部屋の中でした。つい数ヶ月前にラジオで私の曲をかけてくれていたばかりでした。スマホには連絡先が残っていて、送ろうと思えば知らないふりをして普通に連絡ができる状況でした。マネージャーから届いた報せの文面が目の奥に浮かんでは消えていきます。
 
口をついて出たのは子供じみた言い訳でした。「最新巻までの残り数冊、今からぜんぶ買いに行こう」。気がついたら車に乗り込んで家を出ていました。自宅から市街地の大型書店へは片道1時間。けして気楽な距離ではありません。ひたすらに車を走らせどこにも辿り着けないままに思考し頭を何かで埋め立て続ける時間が、あの時冷静なふりをして実は全くもって混乱しきっていた私には必要だったのだと思います。
 
市街地に近づくにつれて帰宅時間帯にさしかかった道路は混み始め、やがて渋滞にはまった私は坂道の途中でブレーキを引いて車を止めました。西へ向いたフロントガラスいっぱいに、ひび割れたような雲からにじんだ真っ赤な夕焼けが広がっていました。
 
かなしい絶景をぼうっと見上げながら、ふと自分の手がひどく冷えきっていることに気がつきました。血色の悪い手は暗い車内で青白く浮かび上がり、それでもハンドルを握って目的地に辿り着こうとする意志を見せていました。何一つままならない生き物の手でした。
 
あの空の向こうにひとりあがりしてしまった人。
 
…得心して見送るような気持ちには、今もまだ至っていません。

<日食なつこ>



◆紹介曲「√-1
作詞:日食なつこ
作曲:日食なつこ

◆4thフル・アルバム『ミメーシス』
2022年3月30日発売
 
<収録曲>
1. シリアル
2. √-1
3. クロソイド曲線
4. meridian
5. 必需品 (album ver.)
6. 夜間飛行便
7. vip?
8. un-gentleman
9. hunch_A (album ver.)
10. 小石のうた (Natsuko singing ver.)
11. 悪魔狩り
12. うつろぶね
13. 最下層で