クロソイド曲線

 2022年3月30日に“日食なつこ”がニューアルバム『ミメーシス』をリリース。今作は、多岐にわたるジャンルからさまざまな感性を吸い上げ、“擬態”をテーマに作り上げられました。「この世界たちをいま音と言葉で自分なりになぞったら絶対面白い曲が書ける!」という強いアウトプット欲が生んだ全13曲が収録されております。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“日食なつこ”による歌詞エッセイを3週連続でお届け!今回が最終回。綴っていただいたのは、今作の収録曲「クロソイド曲線」のお話です。



ずっとずっと強くなった今 もう二度と手には入らない光
 
ずいぶん昔の話です。私たちは夜明け前の下北沢にいました。
 
まだ夜の早いうちから始まった談合は、過去の話、未来の話、人の話、笑い話、愚痴、噂、さまざまな話題で盛り上がったり盛り下がったりして延々と続きました。決して豊かではない財布をひっくり返し、気分のままにお酒と肴を頼み続け、居酒屋の一席につっぷして居座り、ラストオーダーを取りに来た店員の声で気付けばあっという間に夜の終わりはやってきていました。
 
おもてに出ると空はうすぼんやりと明るんでいて、リセットされた清潔な空気で通りはしんと静まり返っていました。居酒屋から出てきた私たちだけが、アルコールの臭気と煮詰まった疲労感を纏わりつかせて異質に突っ立っていました。始発の電車はもうとっくに走り出していました。駅へ向かいましょうか。どちらともなく口にして歩き出しました。
 
東口改札まではまっすぐな坂道がだらだらと伸びています。鈍牛の如き重たい足取りを急勾配がじわじわ攻めつけます。私より幾分酷い酔い方をして君はもうほとんど地面を向いて歩いています。酩酊しながら何か口走っていますがそれを聴き取れないほど私の耳ももう半分眠りこけています。まっとうな朝を迎えたであろうスーツ姿の男性が颯爽と抜き去っていきました。彼の目に私たちはどれほどだらしない生物に映ったことでしょう。
 
こんなみっともない夜の終わり、よれよれで登る坂の先、そこにまともな続きがあるなんて信じられるような無鉄砲な時期はその頃もうとっくに通り過ぎていました。いい歳して夜通し酒を飲んで明け方路上に半ば転がりかけながらふらつくような生活が許されている惨めな猶予を、心のどこかで自覚しながら気づかないふりをして笑っていました。穴だらけの羽で飛び続ける日々にそれでもなお固執していました。選べる道などもうありませんでした。私たちは非力でした。
 
体感速度よりずっと早く、世界が回っていた頃の話です。
 
2021年春、私は初めてひとりで首都高速道路を走りました。急カーブに翻弄されつつ猛スピードでよその車を抜いたり抜かれたりしながら、なぜかふとよぎったのは、あの下北沢のどうしようもない夜明けでした。危機感溢るるドライブに駆け巡った走馬灯だったかもしれません。欠伸を噛み殺しながら少しだけ笑いました。
 
クロソイド曲線とは、道路のカーブなどに用いられるゆるやかに曲がりが強くなる曲線のことだそうです。徐々に急カーブを描き出す人生の難易度になんとか食らいつき続け、私はいつしかこんなスピードも複雑な道も乗りこなせる器用な大人になっていました。愚直にまっすぐ飛ぶしかなかったあの頃を笑うことだってもう出来るはずですが、一向にそんな気持ちにならないのはもう二度と戻らない穴だらけの日々にしか放てなかった光の価値を理解しているからなのです。
 
ここまで「√-1」「meridian」「クロソイド曲線」3曲分のバックボーンについて、3つの記事を綴らせていただきました。明るい話が1つもありませんでしたね。ごめんなさい。
 
全然楽しくもない納得もいかない日々を越えるために、私は歌を作り続ける人種ということなのでしょうね。
 
これを書いている翌日はまた首都高をひとり運転しなければいけません。厄介な走馬灯を見ないよう、荷造りを終えたら早めに休もうと思います。それではまた、どこかで。

<日食なつこ>



◆紹介曲「クロソイド曲線
作詞:日食なつこ
作曲:日食なつこ
 
◆4thフル・アルバム『ミメーシス』
2022年3月30日発売
 
<収録曲>
1. シリアル
2. √-1
3. クロソイド曲線
4. meridian
5. 必需品 (album ver.)
6. 夜間飛行便
7. vip?
8. un-gentleman
9. hunch_A (album ver.)
10. 小石のうた (Natsuko singing ver.)
11. 悪魔狩り
12. うつろぶね
13. 最下層で