ゆっくりとスライドショーが始まった。子どもの頃の記憶だ。

夢はどこいくの?恋はもういいの?
胸が疼くなら もう一度どうかな
転んでもいいの 気にしなくていいの
胸が疼くなら 前進あるのみ

愛でも 恋でも 夢でも どれでもいい
気持ちは素直に 心は正直に
「タイムリミット」/MACO


 2019年8月28日に“MACO”がSONYMUSIC移籍第1弾となる新曲「タイムリミット」をリリースしました。今までラブソング一筋で歌い続けてきた彼女が、今回は初めて女性に向けたメッセージソングを発表。歌詞には<結婚出産>や<気になる世間体>や<寿圧力>などパンチワードも並んでおり、新たなMACOの魅力を堪能できる1曲となっております。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな新曲を放った“MACO”本人のスペシャルエッセイをお届けいたします! 同じ時代を生きる女性へのラブソング、と称された今作にもどこか通じている、彼女の日常の中の想いを、受け取ってください。是非、歌詞と併せてチェックを!

~歌詞エッセイ・タイトル【umber】~

まだあたりは暗くなっていない
日が暮れ始める前の時間。
ぼんやりと明るいオレンジの時間帯に
部屋の電気をつけることが
私の中で最高な贅沢だ。
休みの日なんかは、
この夕方前に電気をつける瞬間が、
ある意味一日の1番の幸せといっても
過言ではない。
ここから私の本当の一日が始まるのだ。
昼間や午後の日差しももちろん好きだが、
自分はその時間帯の世界で少し浮いている。
逆に日が沈み始める時間帯から夜にかけて
体が世界に馴染んでいくような感覚になる。
夕方前から電気をつける行為を、
世界と自分が繋がる瞬間とでも名前をつけようか。


夕方前が本当の一日の始まり、といっても
朝はちゃんと起きている。
朝ごはんを待つ愛娘がいるので
ごはんの用意をして、掃除をして、
当たり前に母の役目を果たす。
仕事の日はそのまま支度をし家を出、
休みの日は基本的に家にこもって
愛娘としこたま遊んで、
好きなことに時間を費やす。
休みの日に出かけるとしても、
朝から友達と出かけるような陽キャではない。
基本その日の気分で予定を決めることが多く、
家から出るなら日が暮れた後。
何故なら気が楽で世界に馴染むから。



とある某日、
仕事から早く帰った時のこと。

玄関をあけて
ドアの向こうに見える部屋の窓からは
日がそろそろ落ちるサインの空のいろ。
私は洗面所へひとっ飛び、
泡で出てくるポンプを3プッシュ
綺麗に手を洗って愛娘を撫でる。
「ただいま」「おかえり」
電気をつけるより大事な儀式。

ちなみに「おかえり」と言う愛娘は、
夕日と同じ、オレンジ色をした小さな天使だ。


ああ、
こんな時間に電気をつけられるなんて。
夜に向かっていくスタートの時間。

ドアの横の電気のボタンを
押そうとしたとき、
この贅沢だと思う気持ちには
ちゃんとした答えがあることを
急にその時、悟ってしまった。
ただ単に
"まだ明るい時間に家に帰れたから"
という理由でワクワクしているのではないことを
十二分に解っているこの脳内で、
ゆっくりとスライドショーが始まった。
子どもの頃の記憶だ。


夕方のニュース内で
おばさんが毎日料理をするコーナー
家にはエプロン姿のママ。
居間の電気をパッとつける。
私はおっ、と心が弾む。
きた、夜が始まる前の時間。


「ママね、カーテンが両方重なるところが
綺麗に重なっていないと嫌なの。」と
神経質な発言と面持ちで
カーテンの中側の白いレースだけ閉めている。
外はまだ明るいのに、
電気をつけて明るい居間。
なんだか贅沢だなぁ。
それからなんだかワクワクしちゃうな。
ソファーに座りながらおばさんが作る料理を見、
チャンネルを変えてアニメなども見る。
ふと目線をそらすとママの後ろ姿。

野菜を切る音、
冷蔵庫が何度も開け閉めされる音
油の跳ねる音。
今日はなんの献立かな。
食卓に並んでいく料理と、
徐々にそれを囲む家族。


…あ、そういえばねママ、
あまり言ってなかったけど
ほんとに大好物だったのは
ママがたまに作ってくれるメンチカツで
ママはハンバーグが得意で
私達家族もソレが大好きだったでしょ?
だからメンチカツがテーブルに登場する機会って
少なかったからそれはそれは貴重だった。
あ、あと
おばあちゃんだけおばあちゃん用の
お漬物セットがあったよね。
「漬物あれば、ごはん食べれるんだ」
って照れ笑いながらおばあちゃんが言うと
パパが「それじゃあ少し体に悪いよおばあちゃん。」って笑顔で言ってたな。
私もおばあちゃん用の漬物セットに箸を伸ばして
つまみ食い、美味しいね~って
笑い合ったのも覚えてる。
でもごはんの白色が見えなくなるくらいかける
ゆかり(赤じそのふりかけ)は
あんまり好きくないなー、だってごはんが全部、
その味になるじゃん!
ママは「自分で料理してると、それだけで
お腹いっぱいになるのよー。」と
夕食を食べずに、
食べている家族をニコニコしながら
見ていただけだったなぁ。
キッチンドランカーしながら
パパのおつまみの用意もしてたっけ。

パパの酔いが回り始めてギターを弾き始めると
(もちろんエレキではなくアコギ)
みんなそれを煙たがったが
たまに気分がのると、
そのギターに合わせて
家族みんなでフォークを大合唱したこともあったね。
家族は覚えてなさそうだなぁこのエピソード。
末っ子の勘。


こうやって小さい頃に
パパがフォークを聴いたり演奏していたから、
自分は歌を好きになったんだと思います。って、
インタビューで何回も言ったっけなぁ。



あとパパが休みの日には
必ず釣りに行ってたから
朝出発して
夕方ごろ帰ってきてたよね。

まだ明るい居間には電気がついていて、
パパが荷物を何度も運んで
車と玄関を行き来しているの、
なんの魚を釣ってきていたっけー…


なにも釣れなかった日もあったよねー…


魚をさばくの、横で見てるの
凄く楽しくて
目が離せなかったなぁー……



……いけない、
日が沈む前の贅沢な時間のうちに
電気をつけないと。

東京の部屋の電気のボタンの前で立ち尽くしている28歳の私。
小さい頃の記憶に浸って、
目には涙が溜まっていた。



パチン、と四角形のボタンを押し、
上下にスライドする明るさ調節を
半分くらいまでにする。
まだ世は夕陽が沈む前だというのに、
私の家の天井の電気が
部屋の中をumberな色が照らし始める。
カーテンはまだ
内側の白いレースだけ閉めて
暗くなったら全部閉める。
何度も言うが、
窓の外がまだ夕方というのが
とても嬉しくてならない。
これは小さい頃の記憶が刷り込まれた
この体だからこそ
感じていた贅沢だったんだな。
夜の始まり。
家族の時間の始まり。

一日が終わろうとしている時間は、
その一日がまた始まろうとしている時間。




部屋のテレビの画面左上には17:00の文字
ちょうど夕方のニュースが始まる時間。
歌手の鎧を脱ぎ、部屋着に着替える。
ソファーで少しくつろぎながら、
Twitterを見て、インスタ見て、
ニュースに目を向ける。
ふと目線を下にそらすと
絨毯の上に愛娘が寝そべっている。
駆け寄ってキスをして撫でる。
「まだこんな時間だね」「嬉しいね」
私は立ち上がってキッチンへ向かい、
夜ごはんの支度をする。

<MACO>

◆紹介曲「タイムリミット
作詞:MACO・山本加津彦
作曲:山本加津彦