『中点を臨む』について

小林私
『中点を臨む』について
2024年8月16日に“小林私”が4th ALBUM『中点を臨む』をリリースしました。今作には、TVアニメ『ラグナクリムゾン』EDテーマ「鱗角」「空に標結う」、ライブでは既に披露されている人気曲「加速」「スパゲティ」「落日」「秋晴れ」「冷たい酸素」、気鋭のマルチクリエイター Mega Shinnosukeが完全プロデュースした新曲「私小林(produced by Mega Shinnosuke)」など、小林私が様々なアプローチで制作に挑んだ8曲を収録。 さて、今日のうたコラムでは、そんな“小林私”による歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、今作の収録曲「 秋晴れ 」「 落日 」「 冷たい酸素 」「 スパゲティ 」「 加速 」にまつわるお話です。自身が気に入っているフレーズ。さらに、フレーズ誕生のきっかけとなった想いや体験、作品などなど。ぜひ歌詞と併せて、エッセイをお楽しみください。 前回から日が空いて、どんなことを書いていたのかと見返したら長すぎてびっくりした。600字以上を目処で!と言われているのに4000字超を送り付けていた。もうちょっと手際よくまとめられないもんかね。 以前までは一曲ずつ、そしてまとめのような三部構成で書いていたわけだが、今回は一記事ということで『中点を臨む』の中から、かいつまんで書くのがいいだろう。気になった曲の箇所だけかいつまんで読んでくれればいい。 ただし「空に標結う」「私小林」「鱗角」に関しては何度も色んなところで喋らされているので割愛。他の曲に関しても本当はインタビューで言っとけばいいものを嘘ばかりついていたので、自ら取り上げざるをえない。 そんなに嫌ならはじめから黙せという話なのだが、別に話したくないわけではなく、例えばインタビューではなんで初対面の人間にパーソナルなことを喋らねばならんのだ、といつまで経っても思ってしまうし、あるいはこのような記事を書く機会に際しても。 とはいえ、もの作りをする外で創作論を語るという浅ましい行為を誰しもやめられないのは快感が伴うからであろう。俺ってこんなこと考えてんスよ(笑) マ、大したことじゃないスけど(笑) かっけ~!ハイセンス~!大したことある~!あれ? 俺何かやっちゃいました?(笑) と、ここまで分かってますよ、という自意識を含めてワンセンテンス。クラピカもそう言ってた。 「 秋晴れ 」について 曲順通りにいくのがいいだろう。そう思いきや、今作のなかで一番歌詞が気に入っているのがこの曲な気がしている。 どこかで語っているような記憶があるが、俺は断言する歌詞に憧れがある。いかんせん小心者ゆえに、歌詞にしろ原稿にしろ、迂遠な言い回しでくどくどと書いてしまいがちなのだが、秋晴れにはこうしろああしろと断言する箇所がなんと二つもある。 「空に標結う」の<どうか安全な息をしていて>や「鱗角」の<壊さなきゃ>では顕著だが、これらはあくまで『ラグナクリムゾン』という原作に寄りかかれるからこそ出てくる歌詞であって、自らを重心とする曲でここまで断定して書くことは非常に稀だったのである。 一つ目が、 <ほら遠退いてく理解という名の街に向けてもっと平易な言葉で語って> 前半はわりと手癖っぽい。 「スパゲティ」では<期待外れの街><アルミのシンクから発つ船>、「並列」にも<不快や具体のない着心地の服ばっかり売られてるブティック><一歩で分かる国>とか、やかましめに修飾をつけてからの一般名詞。あまり探してないがもっとある気がする、多分俺の中で流行っているんだろう。 断定は後半。 <もっと平易な言葉で語って> 痺れるぜ、<平易>という単語が大して平易ではないという自己矛盾。 あまつさえ<もっと語って>。 「秋晴れ」はサビが思い付かず、じゃあ無くていいやと考え直した結果、曲も歌詞も短くて少ない。つまりは必要最低限のことしか書いてない。お前が、今、もっと語れという話なのだ。 二つ目は、 <外は寒いが誰も入れるな> これもかなりの断定。とはいえこの後に<それが正しいとは思えないでいるだけの日々を健やかに>とまた自戒に回収しようとするビビリが続くので、全体で見たら弱くはなっている。正しく断言しているのはやはり一つ目だろう。 「 落日 」について タイアップの曲が続いていた時期だからか、やたら「暗い」という評価を頂いた。元々こんなもんやろがい。 気に入ってる歌詞でいうと<どうせ大してぱっとしないお宝>がメロディとしてもリズムとしても間抜けでいいなと思う。 <宝>という言葉は数年前から入れたいなと思っていたのでそれもある。ミュージシャンなるものをやっていると、どうも周囲が俺達のことを金銀財宝が入った宝箱だと信じていてそれを開けるのに躍起になっている、と感じることがままある。自分自身ではどう開けたって「中身はクソが詰まってる」と思うわけだが。 <あみだで決めたみたいな人生に意味があると信じている> もちろん元ネタは『ジャンケットバンク』。分かりやすすぎたのか聞かれなかったので一応明言しておく。 <とてつもない隕石が降って溜め込んだ本を燃やしても この身体さえ俺は自由に出来たなら> ここは『遺書/中原くん』の「僕が首を吊ろうとしたその瞬間に巨大な隕石がぶつかってきてそのまま地球はあっけなく滅亡してしまったらしい」のことを考えながら書いた。 あとは割とそのまんまのことをそのまんま書いている。 「 冷たい酸素 」について 頭からつま先まで捻りなし。締め切りに追われすぎてこういう歌詞になった。 もっとあるだろと思いつつ、 <要すれば日記には日付だけ、髪は脂ぎったオードトワレ> 勢いで書いた分、こういうのはいいね。河原温の『Today』シリーズと『秘密のトワレ』のことを考えていたんだろう。 「 スパゲティ 」について <ラミネートされた花を言葉の間隙に仕舞って>という歌詞が出てきた勢いだけで書いた曲。間隙(かんげき)って一回は使ってみたかったから嬉しかった。 <吐き出した生煮えのスパゲティ 口に残る小麦味> この箇所、まだ誰にも何も言われていないのだが、パスタの茹で加減の確認でちょっと齧ってみたら芯残りまくりで不味すぎて吐き出すってあるあるじゃないのかな。全員が全員茹で時間計る派じゃないだろ。 最後に拍子を変えてみたのは『逢引/折坂悠太』の終わりがそんな感じで格好良かったから。マジでそんだけ。俺は歌詞をつけないと出来ないから結果的にだいぶ違うけど。 あとまた川の話してる。川、体、水、善、魚のどれかのことばっかり、キモい九字かい。 <魚の魂は>と書いて、俺は川魚のことしか頭になかったが、海育ちの人が聞けばまた情景がずいぶん変わるのかもしれないと今思った。俺が歌詞で魚といったらアユ、ヤマメ、イワナ、ニジマスのことだ。川育ちなのに未だに違いがあんまり分かってない、苦い内臓が食えればそれでいいから。 「 加速 」について もう何度も話している気がするが、新幹線って早!って思って頭の二行の歌詞を書いて、そんだけの曲。 <雲は水飛沫のように地を這い、揺られながら加速していく 暮らしは観測と共に生成されて消えていく転生> 生成AIのことやファスト消費のことを全く考えていないわけではないが、くどくど説明を足して映える曲ではないかな、特に。 強いて言えばBPMを早くする方法以外で速度を描きたかったことくらい。 と、駆け足で色々書いてみたが、まあ好きに聞いてくれればと思います。 先行配信だのMVだの事前告知だの何時に出すだの曜日がどうのと、人間の心理を懐柔するテクニックに溢れた世に生まれてしまっていますが、 聞きたくなったのが20年後ならそのときに聞いてください。 それではまた、インターネットで。 <小林私> ◆紹介曲 「 秋晴れ 」 「 落日 」 「 冷たい酸素 」 「 スパゲティ 」 「 加速 」 全作詞作曲:小林私 ◆4th ALBUM『中点を臨む』 2024年8月16日発売 https://kobawatashi.lnk.to/Chuten <収録曲> 1.空に標結う 2.私小林(produced by Mega Shinnosuke) 3.秋晴れ 4.落日 5.冷たい酸素 6.スパゲティ 7.加速 8.鱗角