所詮、ただの吐き溜まり

まおた
所詮、ただの吐き溜まり
2025年6月29日に“まおた”が新曲「吐溜」をデジタルリリースしました。アコギスラップとDTMで切り拓く、トラックメーカー・白川劇とタッグを組んだ、19歳シンガーソングライター・まおたの進化曲となっております。 さて、今日のうたではそんな“まおた”による歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、新曲「 吐溜 」にまつわるお話です。曲作りのなかで生まれた、“虚しさの共感”だけでは終わらせたくないという感情。この歌詞に込めたとある主張とは…。ぜひ歌詞と併せて、エッセイを受け取ってください。 「たまには打ち込みで曲を作ってみよう。」 2025年6月29日にリリースされた「吐溜(はきだまり)」はそんな思いつきと創作意欲から出来上がりました。 今日のうたでは、まおたの「 吐溜 」に関する歌詞エッセイをお届けします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めてギターを手にして作詞作曲を始めたのは6年前。 音楽の沼に足を踏み入れたのは2019年中学2年生の時です。 当時、作詞作曲で使うものは紙と鉛筆とギターだけでした。 2024年18歳の春にパソコンを購入してからは、パソコンに向かいながら曲を作る機会が増えました。最初は「思ってたのと違う。」の繰り返し。少しずつ自分の「こうしたい」という音が表現できるようになってきた頃に出来上がった一曲が「吐溜」です。 今までリリースしてきた「 獏「独演」 」、「 燈「独唱」 」、「 一人ぼっちじゃないわたしの歌「独演」 」、「 ぼくらの選択肢「独演」 」、「 Real 」。コンセプトは違えど、どれも言ってしまえば人間の内側の感情、闇の部分を歌詞にした楽曲です。「吐溜」もそんな一曲。 言いたいことを思うように“伝えられない”辛さと、“伝えたのに”聞いてもらえない虚しさ。その虚しさから「吐溜」の歌詞は作られています。けれども、楽曲の制作が進むにつれて、「ただ虚しさの共感を呼ぶような曲で終わらせてはいけない。それだけの曲にしたくない。」という感情が芽生えました。 書いても残らないのは 捨てられたから だから今日も此処に書き残した 所詮、ただの吐き溜まり たとえ自分の主張が流されても、無かったかのように消されてしまったとしても、それでも私は何度でも言ってやるし書いてやる。これが歌詞に起こした“虚しさの共感”とは他にある主張です。 この曲をたまたま見つけてくれた人が、いつも私の音楽を聴いてくれる人が、そして自分自身が、背中を支えてもらえるような力がこの曲にあれば。私が最後までパソコンと向き合い続けられたのは、そんな熱が高まっていったからかもしれないです。いつだって始まりは小さなことで良いのだと思います。 誰かにとってこの曲が、何か影響を与えられる一曲になってくれればと願っています。 <まおた> ◆紹介曲「 吐溜 」 作詞:まおた 作曲:まおた