氷を散らす風すら味方にもできるんだなあ。

 2019年6月19日に“スピッツ”がニューシングル「優しいあの子」をリリースしました。朝ドラ『なつぞら』の主題歌として書き下ろされたこの歌。ドラマで描かれているのは、東京で戦争孤児になった少女が北海道・十勝に移り住むことになり、そこで様々な経験を重ね、豊かな感性を身につけ、やがて上京しアニメーターを目指すという物語です。

重い扉を押し開けたら 暗い道が続いてて
めげずに歩いたその先に 知らなかった世界
「優しいあの子」/スピッツ


 さて、そんな『なつぞら』を軽快なメロディーで彩るのがこの歌。歌詞には、ドラマのヒロインをはじめ、夢を追うすべてのひとのリアルが描かれております。まず、夢を叶えるため、わたしたちは<重い扉を押し開け>るところからスタートしなければならないんですよね。開くはずないと思っていた扉を。開けるための力が足りなかった扉を。

 なんとかこの“手”で<重い扉を押し開け>るという第1ステージをクリアするわけです。ところが、扉を開けたのに夢の目的地すら見えません。ただただ<暗い道が続いてて>何をすればいいかという手段も、この道で合っているという確信もありません。それでも今度は、この“足”で<めげずに歩>き続ける。それが第2ステージの課題でしょう。

氷を散らす風すら 味方にもできるんだなあ
切り取られることのない 丸い大空の色を
優しいあの子にも教えたい ルルル…
「優しいあの子」/スピッツ


 すると、たどりつくのが“<知らなかった世界>=第3ステージ”です。そこで“心”が出会う新しい価値観の数々。たとえば、今まで<氷を散らす風>は“冷たい向かい風”でしかなかったけれど、考え方や向き合い方により<味方にもできる>という学びも然り。誰にも<切り取られることのない>可能性や自由を象徴するような<丸い大空の色>の実感も然り。

 そして、大切なのはその<知らなかった世界>を<教えたい>と思う<優しいあの子>の存在です。きっと<あの子>と歌の主人公には、物理的にも精神的にも“距離”があるのだと思います。だから“君”や“あなた”じゃなくて<あの子>なのでしょう。さらに<あの子>はあの<重い扉>を押し開ける前の世界にいる子なのではないでしょうか。
 
 「優しい」とは、つつましやかで穏やかで、思いやりがあって親切で、心が温かいことを意味する素敵な言葉です。ただし、もともとは動詞「やす(痩す)」の形容詞形で“身がやせ細るような思いである”ことを表した語でもあります。深読みかもしれませんが<あの子>はそんな両方の意味をイメージさせる<優しい>存在である気がするのです。

口にする度に泣けるほど 憧れて砕かれて
消えかけた火を胸に抱き たどり着いたコタン
芽吹きを待つ仲間が 麓にも生きていたんだなあ
寂しい夜温める 古い許しの歌を
優しいあの子にも聴かせたい ルルル…
「優しいあの子」/スピッツ

 でもだからこそ、主人公は<優しいあの子にも教えたい>のでしょう。<氷を散らす風すら 味方にもできる>ことや<切り取られることのない 丸い大空の色>があること。扉の向こうにも<芽吹きを待つ仲間が>生きていること。そして<寂しい夜温める 古い許しの歌>があること。それらはすべて<優しいあの子>の救いにもなるはずだから。

怖がりで言いそびれた ありがとうの一言と
日なたでまた会えるなら 丸い大空の色を
優しいあの子にも教えたい ルルル…
「優しいあの子」/スピッツ


 同時に<優しいあの子にも教えたい>という想いは、主人公自身のパワーにもなっているように感じます。いつか<日なたでまた会えるなら>伝えたいから、もっともっとこの“手”で“足”で“心”で実感したいと思えるのでしょう。言葉にしきれない景色は<ルルル…>の鼻歌で描きながら、主人公はまだまだ先のステージへと進んでいくのです。
 
 切り取られることのない丸い大空の色や、寂しい夜温める古い許しの歌を、想像して心があたたまる、スピッツ「優しいあの子」を是非、じっくりと歌詞を味わいながら聴いてみてください…!

◆紹介曲「優しいあの子
作詞:草野正宗
作曲:草野正宗