2023年3月8日に“ドレスコーズ”が「ドレミ」7inchレコードをリリースしました。タイトル曲は、3月17日(金)より公開の映画『零落』(監督:竹中直人 / 原作:浅野いにお)の主題歌となっており、現在各サブスクリプションサービスにて好評配信中です。7inchレコードには、主題歌「ドレミ」と劇中歌「スーパー、スーパーサッド」のオリジナル音源が収録!
さて、今日のうたコラムではそんな最新作を放った“ドレスコーズ”の志磨遼平による歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、新曲「ドレミ」にまつわるお話です。孤独とは何なのか。孤独でなくなるための方法はあるのか。そしてそれは自分を救ってくれるのか…。歌詞と併せて、エッセイを受け取ってください。
「読書を好むのは孤独な者だけだ、なぜなら他人といる時間に本は必要ないからだ」というようなことを昔、誰かが言っていた。
今までに本を読んだ時間は今までお前が孤独だった時間だ、と。
というそのことばすら本で読んだし、そのとおりだね、と思ったがなにしろひとりなので口には出さずに思うだけにした。
ならば部屋中が本で埋もれたぼくの孤独は推して知るべし、といったところである。今ではテーブルの上まで本に占領され、いつも床に座ってごはんをぱくぱく食べている。もはや家賃を払うのはぼくじゃなくて本だと思う。
そう思ったところで、本はますます増えていく。ある日のぼくが買って帰ったのは、浅野いにおの『零落』という漫画だった。これもまた孤独について描かれた本だった。
ぼくにはぼくの本の山と同量かそれ以上の《口には出さずに思うだけにした》ことばがあって、それはたまたまひとりだからそうしたわけだけれど、たとえ誰かといたって口に出したかどうかはわからない。
なぜなら、そんなことを誰かに言ったところで、わかってもらえないかもしれないからだ。
わかってもらえないなら口に出したってしょうがないし、わかってもらえないならそれは「孤独」とおんなじだ。
誰といたって、いつも孤独が部屋を占領している。テーブルの上まで。孤独は家賃を払ってくれない。
『零落』は、れいらく、と読む。《零落れる》と書いておちぶれる、とも読む。
主人公の深澤は漫画家である。かつては人気作家だったが人気が続かず、おちぶれる。周囲が求めるものと自らの作家性に折り合いがつかずスランプにおちいる。かつての理解者はみな、手の平を返すように深澤のもとを去ってゆく。
創作を志した者であれば誰もが身につまされる話だ。
そんな話が、竹中直人監督の手によって映画化され、まさかのぼくが主題歌(と劇伴音楽)を担当する運びとなった。
スクリーンに映っていたのは、あの「部屋いっぱいの孤独」だった。
深澤の仕事部屋、妻と猫が待つ家、ちふゆと過ごすラブホテル。どのシーンでも、誰と過ごしていようとも、そこに映っているのは深澤の孤独だけだった。
かつてそんな歌を聴いたことがある。ぼくが思い出したのは、意外にもザ・ブルーハーツの“月の爆撃機”だった。
《ここから一歩も通さない/理屈も法律も通さない/誰の声も届かない/友達も恋人も入れない》
勇壮な曲調にまどわされそうになるが、ぼくはこれをなんてかなしい歌だ、と思った。
友達も恋人も入れない場所が、ぼくらにはある。かなしいことに。
それは自分の最後の砦(とりで)だ。誰にも指一本ふれさせないものをしまってある、幾重にも鎖をかけた扉の奥の部屋だ。
深澤は、その扉の前に立って苦悩する。「誰にでもわかるものを作る」ことは、その最後の砦を他人に明け渡すことだ。その部屋を土足で荒らされるということだ。
そんなことになるくらいなら。わかってたまるか。
『零落』のために書き下ろすならそんな歌だ、とぼくは考えた。竹中監督からの「"Don't Let Me Down" のような曲はどうだろう」というヒントに基づいて、題は“ドレミ”」とした。
(ビートルズがその歴史の終焉間際に生んだ“Don't Let Me Down”もまた、かなしい歌だ。「俺をがっかりさせるな」というジョンの叫びを、隣にいたポールは一体どんな気持ちで聴いていたんだろう)。
ぼくらが「孤独」でなくなるためのたったひとつの方法は、心の扉を開くこと。幾重にも鎖をかけた、例のあの扉を。
そしてきみはその大切ななにかを、だまって相手に差し出せばいい。
そうすればきみはきみではなくなって、誰かのものになれるだろう。孤独じゃないとは、そういうことだ。
でも、そんなことになるくらいなら。
おねがいベイビー、わかんないで。もう、ぼくのことなど。
そんなとびきりかなしい歌を、とびきりかなしい映画とその原作のために。
2023年 3月 ドレスコーズ 志磨遼平
◆紹介曲「ドレミ」
配信:https://dress.lnk.to/doremilink
作詞:志磨遼平
作曲:志磨遼平