私は確かに今、ロマンを生きている。

 2022年4月20日に“黒木渚”が、デビュー10周年を記念したベストアルバム『予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる』をリリースしました。「あたしの心臓あげる」「虎視眈々と淡々と」「ふざけんな世界、ふざけろよ」など、これまでにリリースされた作品の表題曲や人気曲、さらに「予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる」「ロマン」など新録3曲を含む全23曲が収録。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“黒木渚”による歌詞エッセイを2週連続でお届け。今回は【前編】です。綴っていただいたのは、今作に収録される新曲「ロマン」にまつわるお話。5年の月日を経て、新しく生まれ変わった歌声で放たれるこの曲。歌詞と併せて、エッセイを受け取ってください。



五年前に一度レコーディングが終わっていたロマン。
 
当時、咽頭ジストニアの症状が激しく出ていたため、レコーディングには苦労した記憶がある。
 
ボーカルブースにヨガマットを持ち込み、一行歌い終えるたびに体を解し、またマイクに向かう。思い通りにならない喉の筋肉がもどかしく、力技で高音をひねり出していたあの日。出来上がったボーカルデータは、ツギハギだらけの粗末な仕上がりだった。これを完成と呼ぶことは出来ない。
 
演奏してくれたミュージシャン達やプロデューサーの本間さん、会社のスタッフに、どうかリリースを伸ばして欲しいとお願いした。こんなに苦しい歌声は「ロマン」とは対極にある。そう感じていた。
 
いつ戻るのかわからない声を待ちぼうけて五年。
私は待つのを辞めた。新しい声を自分から迎えにいこう。
 
カタツムリのような緩慢なスピードで回復する喉との付き合い方を模索し続けたこの五年間の答えが出そうな気がした。
 
自宅にボーカルマイクを立て、五年前の演奏データを開く。冷凍保存されていた音が、私の周りで再び息をしはじめた。
 
ロマン。
私は確かに今、ロマンを生きている。
音楽というロマン、創作というロマン、人生というロマン、黒木渚というロマンを。
 
新しく生まれ変わった私の声は、水彩画の平筆みたいに豊かな倍音でバラードを歌う。ロマンを歌うのにふさわしい声だと思った。
 
ロマンを抱えて生きている
叶え難いものへの恋のような
ロマンを抱えて生きている
取りこぼしたものへの未練のような
 
ロマンには、いつも欠けた場所がある。だからこそ私たちはそれを追うのをやめられない。あとちょっと、あとちょっとと手を伸ばし、届いたと思ったらまた新しいロマンを見つけてしまう。
 
ロマンとは欠落のことを言うのかも知れない。

<黒木渚>


◆紹介曲「ロマン
作詞:黒木渚
作曲:黒木渚

◆ベストアルバム
『予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる』
2022年4月20日発売

<収録曲>
DISC 1
1. 予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる
2. あたしの心臓あげる
3. カルデラ
4. 骨
5. はさみ
6. 革命
7. 虎視眈々と淡々と
8. 君が私をダメにする
9. 大予言
10. アーモンド
11. 原点怪奇
12. ふざけんな世界、ふざけろよ
13. 灯台
 
DISC 2
1. 解放区への旅
2. 火の鳥
3. 美しい滅びかた
4. 檸檬の棘
5. ダ・カーポ
6. 竹
7. 死に損ないのパレード
8. 心がイエスと言ったなら
9. ロマン
10. V.I.P.