スペシャルな内容を、3週連続でお届けしております。ついに今回は、第1弾、第2弾に続く、最終回です。一体、ラストのエッセイに綴られているのは、何の曲についてなのか…。それはアルバムを手にした方のお楽しみ。是非、最後までじっくりとご堪能ください。
~M-(?):歌詞エッセイ最終回「しーちゃんへ」~
音楽家をやりながら小説家をやっていると、時々どちらにも使えるネタが見つかることがあります。2018年の春から書き始めた私小説『檸檬の棘』の中に、飛鳥ちゃんという虚言癖の女の子が出てくるのですが、私にとって彼女は文学にも音楽にも使える素晴らしいモチーフでした。
虚言癖の子って学年にひとりくらいいませんでしたか? 息を吐くように嘘をつく子。とんでもなく非現実的な内容だったり、前に話したことと矛盾していたりもして、なんだか変だなあと思いつつも「それ嘘でしょ?」と断定できない気まずい感じ。あれってとても人間的な場面だと思うのです。意味のない悪意、理由のない嘘、宙ぶらりんの正義感。
クリエイターになってから、私はますます虚言癖に興味を持つようになりました。彼らの「嘘」にエンターテインメントを感じているのかもしれません。嘘をつきたいという衝動の奥に何があるのか知りたいという気持ちもあります。自己肯定感や全能感を味わうためなのか、それとももっと単純に寂しいからなのか。
小説『檸檬の棘』を書きながら、私は嘘つきの飛鳥ちゃんに同化して彼女の気持ちを理解しようと試みました。その結果、小説にとどまらず音楽まで生まれてきたのです。
飛鳥ちゃんの虚言は完成されたものでした。くだらない嘘よりはるかにエンタメだったし、退屈な少女時代を過ごしていた私にとってかなりインパクトのある出会いでもありました。そしていざ彼女になって嘘をついてみると、世の中を出し抜いてやったような清々しい気持ちと同時に、誰にも理解されない絶望感があったのです。
私はなぜか彼女を応援したい気持ちになりました。美しい嘘をつくためには孤独でなくてはいけません。飛鳥ちゃんが今もどこかで嘘をついていますように。
しーちゃんへ
結局、お別れも言えんままやったけん手紙書くことにしました。
私のことはみんなから色々聞いたと思います。
しーちゃんのものを勝手にとってごめんなさい。
悪いこととはわかっとったよ。
でも、私なりの理由もあった。
しーちゃんならわかってくれるよね?
新しい学校では今、合唱コンクールの練習をしています。
明るい曲は嫌い。
みんなで声を揃えて歌うのも気持ち悪い。
それでも毎日きちんと練習に参加しています。
ニコニコ笑って、控えめに受け答えします。
ねえ、しーちゃん。 嘘って音楽みたいやと思わん?
美しい旋律より、派手な演奏より、空白に一番意味がある。
私、人は空白に騙されるんやと思う。
しーちゃん。私の嘘は完璧やったかな。
何故かしーちゃんにはずっと騙されとって欲しかった。
うっとり騙されとるしーちゃんは綺麗やったよ。
純粋で、ひんやりと、氷みたいに透き通って。
できればそのままでおってね。
割れ物のまま、危うい大人になってね。
最後やけん、しーちゃんに本当のことを言わなやね。
たくさん嘘をついてしまったけど、これだけはほんと、信じてね。
私、しーちゃんのことが大嫌いやったよ。ばいばい。
飛鳥より
<黒木渚>
◆ニューアルバム『檸檬の棘』
2019年10月9日発売
初回限定盤A ¥3,600+税
初回限定盤B ¥3,600+税
通常盤 ¥2,600+税
<収録曲>
01. ふざけんな世界、ふざけろよ
02. 美しい滅びかた
03. ロックミュージシャンのためのエチュード第0楽章
04. 檸檬の棘
05. Sick
06. 彼岸花
07. 原点怪奇
08. 火の鳥
09. タイガー
10. 解放区への旅