兄のギターを借りて暇潰しに“弾き語り”を始めた高校2年生。

 2021年12月15日に“上野大樹”がニューアルバム『帆がた』をリリースしました。独特な空気を纏ったバラード「波に木」、今までにはないメロウなバンドサウンドを奏でる「朝が来る」、四つ打ちで心を高揚させるサウンドに包まれた「揺れる」、上野大樹の王道ポップス「航る」、情景を鬱陶しくもリアルなまでに思い浮かばせる「フィルム」。新曲の中にひっそりと佇む、ファンの中ではすでに人気曲でもある「白花」「アカネ」。 今の上野大樹を深く、そして広く知ることができる渾身の1枚となっております。
 
 さて、今日のうたコラムではそんな“上野大樹”による歌詞エッセイを3週連続でお届け!今回は第1弾。綴っていただいたのは、今作『帆がた』の制作にも通ずる、彼が音楽を始めたキッカケのお話です。なぜ、歌い始めたのか。そしてなぜ、歌い続けているのか。そのひとつの答えを歌詞と併せて、このエッセイから受け取ってください。
 

第1弾:歌を書くこと
 
目立つことが好きだった3兄弟の末っ子。家でも学校でも注目を集めて自分の話をしたり、見てもらう事が好きだった。そんな人格も高校1年生の頃に終わりを迎えた。
 
小学4年生からサッカーを始め、日本代表まで手が届くかも、と思っていた未来が突然絶たれ、自尊心を完全に失ったからだ。勉強はそこそこに出来たが、別に人に注目して貰いたいような“特技”に極めたいとは思わなかった。自分が自分で居られる為の本質がまっさらになってしまった。
 
そんな高校生活は、とにかく人目を避け、距離を取り、尖ることで人を近付けないようにしていた。きっとあの頃の自分を知っている人は100人中100人が自分を苦手だったと思う。可哀想だと思われるのが一番嫌だった当時は、全力を出す事をダサいと決めつけていた。適当に振る舞うことで底まで落ちたことも“余裕なんだ”と思われたかった。本当は全てが辛かったし、人間関係にもトラウマが出来るほど人との対話に困った。
 
そんな自分を再度0から創り上げるキッカケとなったのが音楽だった。兄のギターを借りて暇潰しに“弾き語り”を始めた高校2年生。
 
偶然知ったネットの配信アプリで歌を歌ってみたら、顔も名前も知らない人達に褒めて貰えた。そんな成功体験が、始めてすぐに起こったのでとても嬉しかった。自分の今までの事が0になった当時、何となくではあるが自分のアイデンティティになりそうなものが見つかった感覚だった。
 
学校では身を潜め、家では自室に篭り、歌やギターの練習をしてネット配信で披露する毎日。両親は当時、自分の部屋でスマホに向かって歌を歌ったかと思ったら、ぶつぶつと話し始める息子をどう感じていたのだろう。。。
 
ただ、特技がなくなってしまった当時の自分は、歌を歌って褒められる事がとにかく楽しかった。次第に歌を歌うだけではなく、作詞作曲で人に褒められる事が“誰にも出来ない事”と思い始め、今の音楽活動の始まりに繋がった。サッカーを辞めた当時、一度葬り去った“目立ちたい”という人格がここでまた復活を遂げた!
 
今も100ではないにしろ、誰かに褒められたいという当時の気持ちはまだ心の片隅に残っている。音楽に特別触れていたわけでも、元々才能があったわけでもない自分が、突然変異のように音楽に夢中になれたのはきっと「音楽に救われた」とか「音楽が好きだった」以上にこの成功体験が鍵になっているような気がする。
 
 
昨年12月に2枚目のアルバムを出した。今までに何百と曲を書いたはずなのに、アルバムの10曲を作るのは容易ではなかった。歌を書く意味が“誰かに褒められたい”だけでは底を尽きてしまったからだ。
 
音楽の本質と向き合い、自分の可能性をどうにか探る時間だった。見つかったかはわからないけど、アルバムは完成した。だけど、ここからはまた新たに歌を書く意味を見つけなければならない。それも沢山。燃料は多いに越した事はない。
 
26歳を目前に「支えてくれているリスナーに歌を届けたい」は大前提にあるとして、自分を再定義できるキッカケとなった“歌を書くこと”を、今度はもう少し本質的に見つめて、これからも沢山の歌を書き続けたいと思う。
 
<上野大樹>



◆ニューアルバム『帆がた』
2021年12月15日発売
ANXZ-25620 ¥3,300(税込)

<収録曲>
1.航る
2.波に木
3.白花
4.揺れる
5.朝が来る
6.フィルム
7.アカネ
8.彼方
9.リジー
10.合い着
BT.ラブソング(ライブバージョン)