いつか家族ができて子供にも「勝敗を越えて掴んだもの」を話そう。

福山雅治
いつか家族ができて子供にも「勝敗を越えて掴んだもの」を話そう。
2018年8月27日に“福山雅治”が新曲「甲子園」を配信リリース。この歌は、今夏で第100回目の『全国高校野球選手権大会』NHK高校野球中継、初めてのテーマソングとして書き下ろされました。戦う球児たちにだけではなく、全ての夢を追う人々、それを応援する全ての人々に向けての想いが詰まっている歌詞。次々に曲調が展開し変化する壮大な組曲。今日のうたコラムではそんな1曲をご紹介いたします。 僕は想像する 想像を止めない 夢の舞台で全て出し切り 君と笑ってる 君と泣いている 勝敗の向こうにある 何かを掴み… 「甲子園」/福山雅治 福山雅治のブレスから始まり<僕は想像する 想像を止めない>という力強いワンフレーズが放たれる幕開け。まるで夢に向けての“選手宣誓”のようです。さて、この歌の大きなキーワードは、まず歌詞にも綴られている【想像力】でしょう。たとえば<夢の舞台で全て出し切り 君と笑ってる 君と泣いている>という“未来”の想像。そんな【想像力】こそが、どんなときでも何より自分の支えになるのです。 また【誰かの存在】も、もうひとつの大切なキーワード。一緒に泣き笑いしてくれる<君>とは、共に夢を追っている同志かもしれません。支えてくれている友達や恋人、見守ってくれている家族かもしれません。いずれにせよ、その<君>と重ねた記憶、その<君>にかけてもらった言葉、その<君>の想いが【想像力】をパワーアップさせるのではないでしょうか。きっと【誰かの存在】とは<想像する>光景の輪郭を、よりくっきりと見せてくれるものなのだと思います。 「あと一歩が届かなかった」 わずか一歩のその差は果てしない道だと わかっているけど それでも僕は行くのだろう 近くて遠いその「あと一歩」を目指して 何度も 何度だって 憧れから逃げたこともある でも僕は僕から逃げたくはなかった 「甲子園」/福山雅治 もちろん【想像力】は<夢の舞台>に立つような、大きな未来のためだけのものではありません。「あと一歩が届かなかった」現実にぶつかったとき。困難に向かい合い<憧れから逃げた>とき。それでも<僕は僕から逃げたくは>ないから想像をするのです。数時間後には涙をぬぐい、明日には立ち上がり、一週間後には“今”より少しでも前に進めている自分を想像するのです。すぐ近くの未来の想像もまた、<近くて遠いその「あと一歩」を>目指し続けるために欠かせないもの。 忘れないよ 僕らぶつかったり励ましたり 傷ついても ひとりじゃなかったね 「甲子園」/福山雅治 そして、いっそう【想像力】の可能性がグッと広まるのがサビ部分。ここでは“過去の像を再生する”という意味での【想像力】が描かれているのです。尚、歌詞には<地元じゃ誰もが知ってるあの坂道で 鍛えたダッシュ力 信じて>、<ずっと僕は僕を諦めずに 君は君を諦めなかったね>といったフレーズも綴られております。これは、歩んできた“軌跡”をしっかり見つめることであり、たしかな実感は自信へと繋がることでしょう。 僕は想像する いつか家族ができて子供にも 自慢するんだ「仲間と情熱の日々」 君と僕の 「甲子園」/福山雅治 忘れないよ 僕ら競うべき相手でもあり 守り抜くべき仲間でもあって 僕は想像する いつか家族ができて子供にも 「勝敗を越えて掴んだもの」を話そう 君と僕を 「甲子園」/福山雅治 さらに、サビでは自分に<いつか家族ができて子供>が生まれた時、というはるか先の未来まで【想像力】が及びます。そのとき、子どもに自慢したいことは“勝敗”ではありません。本気で戦った「仲間と情熱の日々」と、そこで「勝敗を越えて掴んだもの」のこと。そんな未来が想像で見えるからこそ、自然と今、大切にすべきことも見えてくるのではないでしょうか。<勝敗の向こうにある 何か>を信じられるのではないでしょうか。 100年先の仲間達へ 我ら謳う 青春を 生命を 謳う 「甲子園」/福山雅治 こうして幕を閉じてゆく歌。やはりこの歌は様々な【想像力】と、近くにいる<君>や、まだ見ぬ<家族>や<子ども>、そして<100年先の仲間達>といった【誰かの存在】が大きなキーワードになっていることがわかりますね。未来へと夢のバトンが託されている歌。それが福山雅治の「甲子園」なのです。皆さんも是非、自分の情熱を重ねながら、またはかつての青春を思い出しながらこの歌を聴いてみてください…! ◆紹介曲「甲子園」 2018年8月27日発売 作詞:福山雅治 作曲:福山雅治