イチオシ!

アーティストが“いちばん最初に作った楽曲”とはどんな歌詞!?

ささやかなカケラを集めて生きている
強く確信できなくっても
(加藤千恵『映画じゃない日々』より引用)


 こちらは、作家・加藤千恵さんの本に綴られていた一節です。わたしたちはみんな“確信”なんてないけれど、それでも、幸せになるためだったり、目標にたどり着くためだったり、何かのための【ささやかなカケラ】を集めながら生きていますよね。そしてそれは、音楽を多くのひとに届けるという夢を叶え続けている、アーティストたちも然り。
 
 では、強く確信できないながらも、とにかく手にしてみた“最初のカケラ”とはどんなものでしょうか。つまり、夢を叶えるため“いちばん最初に作った楽曲”です。そこで、今日のうたコラムでは、過去インタビューより、たつや◎(ACE COLLECTION)、井上苑子、秦基博、足立佳奈、ビッケブランカ、谷口鮪(KANA-BOON)、田邊駿一(BLUE ENCOUNT)、7組のアーティストの“最初のカケラ”を一挙、ご紹介いたします…!

【ACE COLLECTION・たつや◎(2019年取材)】

歌詞でいうと、最初に書いたきっかけは、高校2年生の頃に付き合っていた彼女と揉めたことでして…(笑)。なおかつ当時は、進路でも悩んでいて、自分は何をして生きていこうかな?と思っていた時期でもあるんですね。そのときみんなに「歌が良いじゃん!」って勧められ、じゃあ作ってみようかなと。カバーも考えたんですけど、本気で音楽で生活していくなら、やっぱりオリジナルがないとダメだと思い、作り始めましたね。

(書いたのは)ひたすら「君の気持ちがわからないよ!」という愚痴です。何を考えているんだよ!こっちはめっちゃ好きなのに!伝わってないのかこの気持ちは!みたいな(笑)。でも初めての歌詞はその彼女がきっかけで書けたんですけど、もともと2歳から鍵盤はやっていて。作曲っぽいことも5歳くらいのときにしていたみたいなんですよね。最近聞いた話なんですけど、お母さんに怒られたりすると、自分の部屋にこもって鍵盤を弾きながら「ママが怒ってる~♪」とか歌っていたらしいです(笑)。

【井上苑子(2016年取材)】

いろいろ書きましたけど、最初に作ったのは「こころ」っていう曲ですね。家の前に捨て猫がいたんですけど、そこに人だかりはできているのに誰も飼おうとはしないから、なんか人間って悲しいなぁと思いながら書きました。今でも全然覚えていますよ!<優しさを持って 強さを愛に~♪>…って歌で。いや、ダサいですね!ヤバ恥ずかしい!これは絶対に発表できないやつです(笑)。

【秦基博(2015年取材)】

(高校時代の曲は)歌詞としては日記に近かったですね。自分がそのとき思っていること半分、それから「歌詞ってこういう感じだろうな」って誰かを真似ていたりもしました。当時聴いていたアーティストの影響は受けていたと思うんですけど、今より文体が小難しい感じの文学的な表現をあえてしていたりとか…。そういう歌詞に憧れていたようなところはありましたね。

【足立佳奈(2019年取材)】

小さい頃からピアノは習っていたので、アンジェラ・アキさんのマネっこをして、弾き語りをしていました。最初に作ったのは「おこりんぼうお母さんの歌」という曲で、ママに対する“こんなに怖いひとはいやだ!”という想いを書きました(笑)。あともう1曲、小学生ながらに好きなひとができて、その子に向けて作った歌もありますね。

【ビッケブランカ(2018年取材)】

ピアノでしっかり曲を作り始めたのは4~5年生でしたね。聴いているだけだと難しそうだったけれど、いざ自分でやってみたら意外と簡単なんだなって感覚を抱いたのを覚えています。最初に作ったのは「壁」という曲なんです。いきなり壁にぶち当たってスタートしました(笑)。なんか“越えてゆく~越えてゆけ~♪”みたいな、どこかで聴いたことありそうな歌謡曲のフレーズを並べたりして。

基本的に稚拙でスベっているんですよねぇ。たとえば“雨が止んで 空に虹が見えるまで”……「で?」っていう感じ(笑)。しかもそのワンフレーズ以外はすべて英詞。メロディーに真似事英語を当てはめて、間奏の手前だけちょっと日本語にする程度の歌詞でした。もう昔と今じゃ、月とすっぽん並みに歌詞の存在意義が変わりました。

【KANA-BOON・谷口鮪(2016年取材)】

(オリジナル楽曲を作り始めたのは)高校2年生の頃です。先輩が自分たちのオリジナル曲を作って演奏していて、その背中を見ていたので自分たちも早く早く!っていう思いがあって。作り始めたときは何の取り柄もないような曲たちでした。でも、高3になって、なんとなく音楽の扉が開けてきて、だんだん自分たちでも「良い曲やなぁ」「KANA-BOONっぽい曲やなぁ」ということを感じられるようになっていきましたね。

【BLUE ENCOUNT・田邊駿一(2019年取材)】

これ恥ずかしいんですけど、はっきり覚えています(笑)。高校のとき、ブルエンの前身バンドがあって、僕はコーラスのような感じで、もう一人メインボーカルがいたんですよ。そいつがもうジャイアンみたいなやつで!「俺が歌えない歌はお前が歌え」みたいな。それであるとき彼が「みんな1曲ずつオリジナルを作ってこい」と言ったんですね。で、僕はそのとき相当イライラしていたんですよ、彼に。その結果、生まれたのが“「トータルシェイド」=すべて闇”という曲で(笑)。

歌詞もめちゃくちゃ病んでいるんですよ。強烈すぎて未だにドラムの高村とかも覚えているくらい。サビがね<安否不明な未来の中で 誰かが今助けを求めている 折り重なる影の季節は 怒りへ変わる>っていう…(笑)。高校2年生が書く内容じゃないですよね。まぁそれを初めてオリジナル曲として作って、ライブでも歌ったわけですが、自分で歌いながら「なんやこれ!」って思っていました。なんかそれっぽいことしか言ってないし、ただただ雰囲気重視で、まぁダサかった。


 ご自身が振り返ってみると、今の歌詞との変化を改めて感じたり、ダサかったなぁと懐かしく思ったり、恥ずかしく思ったり、思い出はいろいろ。しかしみなさん“いちばん最初のカケラ”を決して忘れていないんですよね。それはきっとそのカケラが、今の自分に欠かせない大切な楽曲だからこそ。今後のインタビューでも是非、様々なアーティストの回答をご堪能ください…!
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