この手離れれば終わっていく恋は愛にはなりきれなかったの?

 2019年3月13日に“sumika”がニューアルバム『Chime』をリリースしました。今日のうたコラムでは、ゲストボーカルとして“吉澤嘉代子”が参加している新曲「あの手、この手」をご紹介! 実はこの歌、前半と後半で主人公が変わるんです。1番は、まだ恋人同士である<二人>のうちのAさん、2番はお相手のBさん目線として読んでみてください。

春風吹けども まだ冷える夜は
二人の手を戸惑わせた
手と手握りしめ 歩いていた夜の
始まりと終わりの歌
「あの手、この手」/sumika

 まず1番も2番も冒頭部分のこのフレーズは共通しております。冬から春に変わろうとしている、季節の変わり目。一応<手と手握りしめ>ている<二人>ですが、お互いに今、何かの不穏な“予感”に戸惑っている…。では、Aさんにとって、Bさんにとって、それぞれ何が<始まり>で、何が<終わり>なのでしょうか。歌詞は次のように続きます。

汗ばむ右手 冷えた左手
この手に縋(すが)り この手を諭す

まだ離れていかぬように
握るけれど

春風吹けども まだ冷える夜は
二人の手を戸惑わせた
握る力が釣り合わぬ夜は
予感を確信に変えた

春を待ちきれず訪れた風は
二人の間すり抜けた
この手離れれば終わっていく恋は
愛にはなりきれなかったの?
「あの手、この手」/sumika

 こちらはAさん目線の歌。印象的なのは<右手>と<左手>と<この手>というワードです。それが“誰の手”なのか、自分の手なのか相手の手なのかはわかりません。ただ<右手>と<左手>の温度が異なっていることだけは確か。もし、自分の両手を表しているとしたら、Aさんは<汗ばむ右手>でBさんの左手を握りながらも、春風に晒されている自分の<冷えた左手>を感じているということ。
 
 つまりどこかで自分自身の“冷えた想い”に気づいているのではないでしょうか。すると<この手に縋(すが)り この手を諭す>というフレーズは、自分で自分に「まだ離れないで、まだ離れちゃダメだ」と、もしくは「もう終わらせてくれ、もう終わらせようよ」と、言い聞かせていることになります。だけどもし<汗ばむ右手>はAさんの手を、<冷えた左手>はBさんの手を表しているなら、想像できる感情が変わってきますよね。
 
 AさんはBさんの“冷えた想い”を察し、必死に“<この手>=Bさんの手”に縋り、離れぬよう諭しているのです。しかし、たとえどれが誰の手を表しているとしても、きっとたどりつく結果はひとつ。もう二人の手は<握る力>も釣り合わない。不穏な予感は確信に変わり、恋は今、終焉を迎えようとしています。そしてAさんは<この手離れれば終わっていく恋は 愛にはなりきれなかったの?>と、途方に暮れているのでしょう。

こわばる右手 悟る左手
あの手を握り 嘘は上手に

ポケットに忍ぶリング
その手の対
「あの手、この手」/sumika

 さて、ここからはBさん目線の歌。こちらでも<こわばる右手>がどちらのものなのかはわかりません。でも、この恋の終わりを<悟る左手>は明らかに、左手を握られているBさんの手でしょう。なおかつ、前半と異なるのはBさんが“<あの手>=誰かの手”を握りながら、自分の<嘘>が上手になっていると感じていること。
 
 その<嘘>とは<ポケットに忍ぶリング>に秘められている気がします。<リング>はAさんからもらったものであり、単純にもう付けたくないから外しているのか。それとも、付けていることをAさんではない他の誰かに見られたくないから外しているのか。それとも、他の誰かからもらったものであり、Aさんにバレないように外しているのか…。

春風吹けども まだ冷える夜は
二人の手を戸惑わせた
手と手の型が噛み合わぬ夜は
今夜でお仕舞いにするわ

春を待ちきれず訪れた風は
二人の間すり抜けた
この手離れれば終わっていく戯言(こい)は
愛にはなりきれなかったの
「あの手、この手」/sumika

 こちらは歌の終盤。二人の関係に終止符を打つのは、どうやら、Bさんのほうです。Aさんが<愛にはなりきれなかったの?>と疑問系で終わっていたのに対し、Bさんは<今夜でお仕舞いにするわ>、<愛にはなりきれなかったの>と言い切っております。さらに<恋>ではなくて<戯言(こい)>と綴られているのも切ない。Bさんにとって、Aさんとの関係はすでに“<戯言>=ばかばかしいもの”であったのです。
 
 こうしてすべて歌詞を知った上で深読みしてみると、Aさんは“あの手この手”で二人の関係を修復しようとしたけれど<終わり>を迎えてしまった側。Bさんは“この手(Aさん)”ではない“あの手(他の誰か)”に出会い、新しい<始まり>を迎えようとしている側。そんなすれ違いの物語の想像も膨らみますね。冷たい春風を感じる、sumika「あの手、この手」をあなたなら、どのように解釈しますか…?

◆紹介曲「あの手、この手
作詞:片岡健太
作曲:片岡健太

◆2nd Album『Chime』
2018年3月13日発売
初回生産限定盤 SRCL-11064~11065 ¥3,800+tax
通常盤 SRCL-11066 ¥3,000+tax

<収録曲>
01.10時の方角
02.ファンファーレ
03.フィクション
04.Monday
05.ホワイトマーチ
07.秘密
08.春夏秋冬
09.Hummingbird‘s Port(Instrumental)
10.Flower
11.ペルソナ・プロムナード
12.あの手、この手
13.ゴーストライター
14.Familia