苦痛や災難や戸棚ではないのよ。
幸福な思い出なの。
作家・江國香織さんの小説『すきまのおともだちたち』の中にある言葉です。<幸福な思い出>にしばられる感覚…それを最も感じるのは失恋したときではないでしょうか。別れた後というのは、ケンカしたあの日のことや、イヤだったはずの相手の欠点より、何故か愛し合っていた日々のことばかりを思い出してしまうような気がします。しかも“最後の日”のサヨナラが、お互いに憎み合ってのものではなければなおさら、その<幸福な思い出>のパワーは強まりそうですよね。
ところで、ラブソングの歌詞の中で“まだ相手のことが好きだけれど、別れなければならない”というシチュエーションが描かれているとき、その主人公が女性の場合は“最後の日”の在り方に特徴がありそうなんです。たとえば、男性なら別れの日に「今日で最後だから一番カッコイイ俺で会いに行こう」…なんてことを思う方はきっと少ないと思います。一方、女性目線の心情が綴られた失恋ソングに注目してみましょう。
化粧なんて どうでもいいと思ってきたけれど
今夜、死んでも いいから きれいになりたい
こんなことなら あいつを捨てなきゃよかったと
最後の最後に あんたに 思われたい
「化粧」/中島みゆき
マスカラのまつげに ぽろりグレーの涙
あなたの記憶 最後のわたしは みごとパンダ顔
もう からかってくれるあなたは どこにもいないの?
朝からがんばった 2回やり直した
自分でできるいちばんかわいいわたしになって
目力(メヂカラ)に願いを込めて
思いがもう一度届くように
「マスカラまつげ」/DREAMS COME TRUE
愛しさ手放すことは
ただ見送るよりも苦しいですね
こんな気持ち知らなかった 貴方に出会うまでは
ふたり笑い合った最後の日
何も知らせずいてくれてありがとう
貴方の目に映る 最後の私が
幸せに笑う私で良かった
「最後の私」/阿部真央
中島みゆきの「化粧」には、最後くらい綺麗だと思われたい、フッたあいつを見返してやりたいという思いが。ドリカムの「マスカラまつげ」には、最後の日に<いちばんかわいいわたし>になって会うことで、もしかしたらやり直せるかもしれないという希望が。そして阿部真央の「最後の私」では、別れはツラいけど、せめて最後に笑顔でいられたことへの気持ちが描かれています。そして、どの主人公にも通じているのは“最後の日”に“綺麗な自分”でありたいという思いでしょう。また、綺麗でありたいと思うのは、見た目だけではありません。
平気よ大丈夫だよ 優しくなれたと思って
願いに変わって 最後は嘘になって
青いまま枯れてゆく
あなたを好きなままで消えてゆく
私みたいと手に取って
奥にあった想いと一緒に握り潰したの
大丈夫 大丈夫
「ハッピーエンド」/back number
来たる11月16日にback numberがリリースするニューシングルのタイトル曲で、連日注目度ランキング1位の新曲です。女性目線のこの曲には<あなたを好きなままで消えてゆく>のにその悲しみを隠し、<平気よ大丈夫だよ>と相手に伝え、最後まで強い女を演じきる姿が描かれております。消えてゆく恋にすがったりしてあなたを困らせたくないから、最後をイヤな思い出にしたくないから、“綺麗なお別れ”を繕っているのです。
このように女性が“最後の日”にいろんな意味で“綺麗”であろうとするのは、実は<幸福な思い出>として相手の心に残りたい、忘れられない彼女になりたい、という思いがどこかにあるからではないでしょうか…。最近は、恋人とのお別れをLINEや電話でパッと済ませてしまう方も多いそうですが、まだその人に未練があるという方はぜひ、直接会って話をすることをオススメします。“最後の日”になるはずだったその日の記憶が、しばらくしてその恋を復活させる…かもしれませんよ!