込み合った理由はないけれどあなたが心底好き。

 2022年4月13日に“FINLANDS”が新曲「ピース」を配信リリースしました。約1年ぶりのリリースとなる新曲は、TBSドラマ『村井の恋』のOP曲です。ドラマ原作漫画の作者・島 順太がFINLANDSの大ファンであり、オープニングテーマの担当を熱望したことから起用が実現。塩入冬湖(Vo)がはじめて“ド直球”を描いた、ストレートな恋心を歌詞に乗せた強い意志の感じられる、FINLANDSの新境地ともいえる1曲となっております。
 
 さて、今日のうたコラムでは、最新作を放った“FINLANDS”の塩入冬湖(Vo)による歌詞エッセイを3週連続でお届け!綴っていただいたのは、今作「ピース」に通ずるお話です。自分にも誰にも何のポーズも取れず、「込み合った理由はないけれどあなたが心底好き。」そんな恋をしたことがありますか…?



降参するように人を好きになる。
そんな時、自分にさえもポーズを取る事が出来なくなり、格好のいい説明や言い訳が一つも思いつかなくなる。
 
恥じらいや、後に訪れる可能性のある哀れな経緯(いきさつ)、或いは惨めな夜の中身、
取り返しの付かない喪失感を携えた未来を想像しては早く格好のいい説明を作らないと!と、焦燥に駆られ不安になった果て、一秒きりで全ての事情を超越する好意に圧倒されやっとの事で諦める。
そんな経験がある。一度。
 
わたしにはどうしてもこれを「降参」という言葉でしか言い表せないのだ。
 
根拠のない自信があった。
その自信は目の前にいるこの人が絶対今後自分に好意を抱く。
という事に対してではなく、私はこの人に全人生の好意を使い切るだろう。という自信だった。
だからこそ格好のついたポーズを取る事ができず、言い訳の通用しなさに驚愕したのだ。
 
あの好意に込み合った理由はなかったし、数え切れる程しか同じ時間を過ごしていない、
黒子の数まで隈なく覚えているような距離にいた訳ではない、
昨日好きになって今日嫌いになったものを一々知れるような時間を共有している関係でもない、
些細な事を質疑する事さえ一世一代の大勝負かのように思わせる人であったのにただ、一生分の好意がそこには溢れていた。
 
こんな込み合った理由なく人に好意を抱くとはなんとも気持ちのいい事だな。
と思った。
 
「誰かを好きでいる自分が好き。」という名前は無いが古より確かに存在するあの気持ちに苛まれる事もなければ
「恋愛とはいい距離感をとれますから、私。」といったすかした女になっている暇もなかったので妙に健やかに感じた。
 
「ポーズは取らずに心に従え。」
 
というテーマはその時のあの好意に由来している気がする。
小難しさにばかり心が惹かれてしまう日々で
「込み合った理由はないけど心底好き」
という言葉にすれば妙に阿呆のように思える言葉は憧れに近い場所に存在する。
 
今回OPテーマを担当させていただいた実写ドラマ『村井の恋』の原作漫画を読ませて貰った時に強烈に思い出したのだ。
目に見えないけれど目の前にいるあなたに今使えるものは言葉と態度しかない。
だから言葉を使って態度を示して心を伝える。
そんなド直球さにくらくらとした。
そうだ、忘れかけていた。
 
何の確信がなくとも、恥じらう事なく「込み合った理由はないけれどあなたが心底好き。」
と言えるシンプルさを手に入れた時にやっと出来るであろう誰に向けた訳でもないださくてありきたりな自然なピースサインのポーズに私は憧れていたんだ。
 
ありがとう、村井君。

<塩入冬湖>


◆紹介曲「ピース
作詞:塩入冬湖
作曲:塩入冬湖