さて、今日のうたコラムではそんな最新作を放つ“川嶋あい”による歌詞エッセイを、3ヶ月連続でお届けいたします!第1弾に続く、第2弾では収録曲「Home」に通ずるお話を綴っていただきました。みなさんが“優しさ”というものを実感するのは、どんなときですか? 本当の“優しさ”とは一体、どんなものだと思いますか…?
~歌詞エッセイ第2弾:「Home」~
優しさとは本来どんなものなんだろう。ささいな時に相手に贈る気配り?言葉?笑顔?優しさの定義は何通りもある気がしてならない。
目に見えることで何かを相手に贈ることが本当の優しさだと言い切れるなら、私にとってこんなに簡単なものはないと思う。見えないところで踏ん張っている小さな優しさが、この世にはまるで流れ星のように、一瞬で輝いては消え去っているかもしれないのだ。私たちは知らず知らずのうちに、自分でそれを見逃してしまっている。私自身、それを強く痛感した出来事があった。
私の中では師匠のような存在の人。10代の時に出逢ってからこれまでいろんなことを私に教えてくれた。私はその人から多くのことを学び、自分の肥やしにして今日まで歩んで来れたと思っている。厳しいけれどとてもあたたかく、私のことを見守って育ててくれた人だ。
その人は毎年、8月になると私の1年に一度だけ行なっている東京でのライブにいつも足を運んでくれる。私もその人が見に来てくださるとなると、ライブに向かう気持ちがとても引き締まる。
ただ、これまで17年ずっとそのライブを開催してきた中で、ある年だけどうしてもその人が参加できなかった時があった。私はやっぱりとても来て欲しかったし、残念でショックだったが、仕事の都合だったのでどうしようもなかった。事前に『申し訳ない』という連絡はもらっていて、当日もやっぱりその人の姿は会場にはなかった。
無事にライブ本番を終えて、楽屋に戻って来た時、スタッフからあるものを手渡された。その人からの私への手紙だった。私にとっての師匠であるその人は、普段とてもぶっきらぼうで自分の思っていることを素直に相手に伝えるタイプの人間ではなかったし、ましてや誰かに手紙を直筆で書いたということも聞いたことがない。そんな人が、私のためにわざわざ手紙を書いてくれたのだ。それだけでも驚きと戸惑いを覚えたのだが、スタッフにライブの日に届けてほしいと預けてくれていたらしい。
中身はとても長い内容だった。出逢ってから今日までのこと。私自身も覚えている鮮明な出来事をその人なりの言葉で愛おしむように綴ってくれている。あまりにあたたかくて優しくて…涙が自然に溢れてきた。
『今日の日に来れなかったこと、一生後悔すると思います。本当にごめんなさい。でも、これからもずっとあなたが頑張って輝いているその姿を見に行かせてください。』
日頃見えなかったその人の本当の優しさが見えてきて、心から私のことを大切に想ってくれているんだなと痛感した。
優しさは面と向かって言葉にすれば簡単なのかもしれない。それが頻繁であれば尚更人は安心できたりする。だけど、本当に誰かを思う時、その時届けられた大きな優しさは何倍も何十倍にもなって、人の心に返ってきたりする。大切な人がもっと大切になるのだ。
普段、なかなか会話をせずに遠い距離になってしまったような人とも、もしかしたら何か少しでも触れ合えることができればまた変わってゆくのかもしれない。メールでもラインでも、手紙でも電話でも、直接会ってみるのでもいい。相手への思いやりや優しさを何かで表現してみることで、不器用でもそれは伝わってゆくと思う。そして、それは同時に自分自身を省みることにもつながってゆく。私はあの人に何を届けられたかな、何を伝えられているんだろうって。それが次に、自分から誰かに優しさを差し出してゆく連鎖反応を生み出すかもしれない。
そんな心の移ろいをアルバム『針の穴』の収録曲である「Home」で表現してみたいと思った。
誰にとっても時に帰りたくなる大切な故郷のような人の存在がある。いくつになっても、歳を重ねても、なんとなくその人のことを思い出す瞬間がある。
是非、そんな感覚になってこの曲を味わっていただけたなら嬉しく思う。人生の中でそんな人と出逢えたことは、やっぱりとても幸せなことだと思うから…。
<川嶋あい>
◆紹介曲「Home」
作詞:川嶋あい
作曲:川嶋あい
◆9th ALBUM『針の穴』
2020年6月3日発売
初回限定盤 TRAK-0168~9 ¥3,500(税別)
通常盤 TRAK-0170 ¥3,000(税別)
<収録曲>
1.Paradox
2.くるくる
3.綴
4.ペペロンチーノ
5.Home
6.Life
7.私を彼女にして
8.雪割草