愛がどうとか面倒なこと、言い出さないところが好きさ。

芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)なるねつこ草
逢ひ見ずあらば吾(あれ)恋ひめやも
(『万葉集』巻14-3508 相聞歌 作者未詳)


 万葉集にこんな歌がございます。登場する【ねつこ草】とは7月4日の誕生花でもある“ネジバナ”のことであり【あなたに逢うことがなければ、私は恋に苦しむことはなかったのに】と、ひとが恋焦がれる姿と花がねじれて咲く姿を重ねて詠まれていると言われているんだとか。みなさんも恋愛で心身がねじれるような想いをしたことありませんか…?
 
 しかし、世の中には、そうした苦しみや憂鬱をあえて避けることで続くような関係もあるんですよね。今日のうたコラムでは、一見冒頭の恋歌とは正反対に思えるラブソングをご紹介。2019年6月19日、岡林健勝によるソロ・プロジェクト“Ghost like girlfriend”がリリースした1stフルアルバム『Version』に収録されている新曲「pink」です。

「水色と黒との間がオレンジって何でだろうね」
午後5時の空見て電話を掛けてきた君が言う

「会いたくなったから来て」と
何ら予想外でもない事を言い出されても
「はいはい」と面倒そうに
予定を切り上げる自分のダサさに笑う

散々なわがままに振り回されたって夜に
言う事聞かせてしまえば良いし
曖昧な関係
愛がどうとか面倒なこと
言い出さないところが好きさ
「pink」/Ghost like girlfriend


 歌詞から想像するに、二人は<会いたくなった>ときに気軽に会うような<曖昧な関係>です。もっと言えばお互いに“都合の良い”関係なのかもしれません。そして、そんな関係が心地よいからこそ<愛がどうとか面倒なこと 言い出さないところが好き>なのでしょう。また、この関係性はいくつか綴られている“色”にも表れていると思います。
 
 今、二人は<水色と黒との間がオレンジ>の<午後5時の空>状態なのです。水色は、開放感や自由をイメージさせ、黒からは先の見えない未来やふとしたときの孤独が伝わってきます。そこにオレンジの、陽気さや楽しさやぬくもりが加わる。そんな空のように、この<曖昧な関係>は絶妙なバランスで美しく保たれているのではないでしょうか。
 
 とはいえ、二人の間に恋愛感情がないわけではないこともわかりますよね。<午後5時の空>を見て電話を掛けたくなる相手。「会いたくなったから来て」と言いたくなる相手。そう言われたら<予定を切り上げ>てでも会いに行きたくなる相手。<散々なわがままに振り回されたって>いいと思える相手。それはたしかに“好きなひと”でしょう。

雨のち晴れみたいな事が世の中多過ぎる
最後は笑えるって言われてもね
それまでは憂鬱だなんて身が持たないわ

何者同士なんだろう
その憂鬱を避けて出来た僕らの関係は
灰色の空の下で僕らは相変わらず手を繋いで笑う

やんわり愛が芽吹けば摘み取り見て見ぬ振り
おかげで苦しむ事も無い
今まではそうやって冷めてようとしてたけど
少しの苦しみくらいなら良いかな
「pink」/Ghost like girlfriend

 さて、歌の中盤では、二人が<曖昧な関係>を続けてきた理由が明かされます。やはりお互い<憂鬱>や<苦しむ事>をわざと避けてきたのです。<雨のち晴れみたいな事>が嫌だから。<やんわり愛が芽吹けば摘み取り見て見ぬ振り>して。きっとそれは人一倍、恋愛における<雨>を恐れている証です。怖いから<愛>に気づかぬ振りをするのです。

 それでも<憂鬱>や不安や迷いは心のどこかにあるはず。その象徴が<灰色の空>というワードでしょうが、二人は何食わぬ顔をして<手を繋いで>笑います。だけど、この歌の途中、ほんの少し変化が生じるのです。まず<今まではそうやって冷めてようとしてた>自分を認め、さらに<少しの苦しみくらいなら良いかな>と“愛への覚悟”のひとことをこぼしているのです。

夜が明ける頃、君のいびきでいつも起きて空を眺めてる
きっと君は知らないだろう
空がピンク色にもなるっていう事を

散々なわがままに振り回されたって夜に
言う事聞かせてしまえば良いし
曖昧な関係
愛がどうとか面倒なこと
言い出さないところも好きさ
「pink」/Ghost like girlfriend

 空のピンク色。それは、主人公の胸に密かに広がり続けている淡い愛情です。また、本当は<君>にも知ってほしいと思い始めた感情です。ゆえに歌の前半に綴られていた<愛がどうとか面倒なこと 言い出さないところが好きさ>というフレーズが、最後の最後では<愛がどうとか面倒なこと 言い出さないところも好きさ>と変わっているのでしょう。
 
 この「が」から「も」への変化は、いつかは<愛がどうとか面倒なこと>も言い出してくれたら…という期待も含まれている気がしませんか? まるで空のように、淡く柔く移り変わってゆく主人公の心模様が見えてくるかのようです。そして、実はこの歌の主人公にとっても、冒頭でご紹介した万葉集の歌は、無縁ではなかったのでしょう。今、好きなひとと曖昧な関係を続けているあなた。ぜひ、その想いを重ねながら、Ghost like girlfriend「pink」を聴いてみてください…!

◆紹介曲「pink
作詞:Okabayashi Kensho
作曲:Okabayashi Kensho

◆1stフルアルバム『Version』
2019年6月19日発売
初回限定盤 UPCH-29331/2 ¥3,200 (+tax)
通常盤 UPCH-20517 ¥2,800 (+tax)

<収録曲>
1. Last Haze
2. girlfriend
3. Midnight Rendez-Vous
4. sands
5. pink
6. あれから動けない
7. shut it up
8. burgundy blood
9. Under the umbrella
10. fallin’
11. feel in loud