土岐麻子

“壊れていてもかまわない”と廃品回収車、こんなものでも大切なの。

 2018年5月30日に“土岐麻子”がオリジナルフルアルバム『SAFARI』をリリースしました。尚、タイトルの語源はアラビア語で、小旅行やハンティングといった意味合いを持つんだとか。人の胸中に息づく“野生”と街の裏側に潜む“生”を切り取るように作られたという今作は、きっと聴く人に『SAFARI』的体験をさせてくれるはず!

 さて、今日のうたコラムではそんなアルバムに収録されている「Cry For The Moon」という新曲をご紹介いたします。月を求める叫び。これは【得られないものをほしがる】とか【できないことを望む】という意味を表す英文です。では、この歌の<私>が手にしたいものとは?得られないものとは…? 歌詞で心の内を小旅行してみましょう。

食べかけたチョコレートバター
履かない靴 着なくなったドレス
読まない本も 聴かないレコードも
次々 捨てて

缶・ビン・プラスチック・ラバー
バスタブ 冷蔵庫 ブックカバー
返しそびれた スペアー・キーも

投げ捨てて
脱ぎ捨てて
放り捨ててしまいたいけれど
「Cry For The Moon」/土岐麻子

 今、主人公にあるのは【断捨離】をしたい気持ち。何もかも<投げ捨てて 脱ぎ捨てて 放り捨ててしまいたい>タイミングとは、たいてい現状がうまくいかないときですよね。きっと<私>も然り。それにしても彼女の部屋には、何故こんなにも不要なものが溢れているのでしょうか。とにかく心を満たしたくて、やみくもに買い物をしていた可能性も考えられますし、捨てられない病に陥る原因は人それぞれ。
 
 でも<返しそびれた スペアー・キー>というフレーズから想像するに、この歌の<私>の場合は“恋の喪失”が原因である気がします。一人きりじゃ<チョコレートバター>は食べきれなくなって、好きな人の趣味に合わせて買った<靴>も<ドレス>も<本>も<レコード>も必要なくなって、その他“あの人”の記憶が刷り込まれている何もかもを断捨離してしまいたい…。ただし、歌詞は<けれど>と、続いてゆくのです。

I wanna stay here
I wanna stay here
すべてが終わってしまいそうで
手放せない
「Cry For The Moon」/土岐麻子

 捨てたいけど<すべてが終わってしまいそうで 手放せない>…。これは、捨てられない病の多くの方が、共感するフレーズではないでしょうか。もしかしたら、あの人が戻ってくるかもしれない。捨ててしまったら、本当の本当に終わってしまう。そう考えると頭の中がごちゃごちゃになって、やっぱり捨てることが怖くなって、結局<I wanna stay here>と、過去に囚われた今に座り込んでしまうのでしょう。

部屋のどこかに眠る
ひからびたなにか
むなしい恋のミイラ
よみがえらないわ

どこから聞こえる
“壊れていてもかまわない”と
廃品回収車
こんなものでも大切なの
「Cry For The Moon」/土岐麻子

 とはいえ、もう<むなしい恋のミイラ よみがえらない>ということは、痛いほどに自覚しているのが伝わってきます。あの人が戻ってくることはないし、この部屋のあれもこれも、この恋心も<廃品回収車>に捨ててしまうべきもの。でも、それでも<こんなものでも大切なの>という気持ちが勝ってしまうから、歌のサビでは「Cry For The Moon」というフレーズが何度も何度も登場するのです。

Cry for the moon
月よりも遠いなにかを
Cry for the moon
手にしたくて 見上げている

Cry for the moon
この部屋はまるでゴミ箱
願いかけた
星が落ちて 埋め尽くす

Cry for the moon
誰かが窓辺から捨てた
終わった恋を
誰かがまた 拾っていく
「Cry For The Moon」/土岐麻子

 ゴミ箱のようになってしまった部屋の窓から、月を見上げる<私>が、ないものねだりだとわかりながらも願うもの。それは、あの恋。あの人の想い。月よりも遠い、本当の愛…。さらに、最後のフレーズではそんな今を生きているのが彼女だけではないことがわかりますね。今もどこかで、誰かが捨てられない病に陥り、誰かが<終わった恋>を窓辺から捨て、そして<誰かがまた 拾っていく>…。
 
 そうやって息づいている街の様子も、土岐麻子の「Cry For The Moon」には描かれております。あなたは終わった恋をすぐに【断捨離】することができますか? もうとっくに終わったはずの<むなしい恋のミイラ>が部屋のどこかで眠ってはいませんか…?

◆ニューアルバム『SAFARI』
2018年5月30日発売
CD+DVD RZCD-86559/B ¥4,500+税
CD RZCD-86560 ¥3,000+税
本アルバムの全楽曲は、サウンドプロデューサー、トオミヨウ氏により提供され、作詞は全曲土岐本人が手掛ける。
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