先生、人生相談です。この先どうなら楽ですか

「雨の匂いに懐かしくなるのは何でなんでしょうか。
夏が近づくと胸が騒めくのは何でなんでしょうか。
人に笑われたら涙が出るのは何でなんでしょうか。
それでもいつか報われるからと思えばいいんでしょうか。」

さよならって言葉でこんなに胸を裂いて
今もたった数瞬の夕焼けに足が止まっていた
「ヒッチコック」/ヨルシカ


 そんなフレーズで幕を開けるのは、ボカロPの“n-buna”と女性シンガーの“suis”によるバンド“ヨルシカ”の新曲「ヒッチコック」です。この歌は、彼らが2018年5月9日にリリースする2ndミニアルバム『負け犬にアンコールはいらない』収録曲であり、歌詞先行公開がスタートしております。尚、注目度ランキングでは1位を記録!

 歌詞に綴られているのは、いくつもの<何でなんでしょうか>というクエスチョン。主人公は最初から最後まで【生きる】ことについて想いをめぐらせ、悩み、葛藤してゆくのです。そして、おそらくその発端は<さよなら>なのだと思います。自分の“生きる意味”だったほど大切な人。<雨の匂い>や<夏>の記憶が刻まれている人。その人との別れによって、改めて【生きる】意味を考えざるを得なかったのではないでしょうか…。

「先生、人生相談です。
この先どうなら楽ですか。
そんなの誰もわかりはしないよなんて言われますか。
ほら、苦しさなんて欲しいわけない。
何もしないで生きていたい。
青空だけが見たいのは我儘ですか。」
「ヒッチコック」/ヨルシカ

 ここからは<先生>と呼ばれる誰かに対する問いかけで、歌は進んでゆきます。ただし、人生相談と言いながら、主人公は本当のところ答えなんて求めていないように思えるのです。だから“どうせ<そんなの誰もわかりはしないよなんて>言うんでしょう?”と先回りをして、なおかつ“どうか<青空だけが見たいのは我儘>なんて言わないで”と自衛している気がしませんか?

 つまり今、必要なのは正論ではないのでしょう。この先、楽になれるとは思えずに、いっそ<何もしないで生きたい>とあがいてもがいている自分の声を、ただただ聞いてほしいのです。気づいてほしいのです。受け入れてほしいのです。それは「助けてよ」という悲鳴であり、苦しみであり、怒りであり、哀しみであり…。続く歌詞からは、その叫びがいっそう痛切にわたしたちの胸に迫ってきます。

「胸が痛んでも嘘がつけるのは何でなんでしょうか。
悪い人ばかりが得をしてるのは何でなんでしょうか。
幸せの文字が¥を含むのは何でなんでしょうか。
一つ線を抜けば辛さになるのはわざとなんでしょうか。」

青春って値札が背中に貼られていて
ヒッチコックみたいなサスペンスをどこか期待していた

「先生、どうでもいいんですよ。
生きてるだけで痛いんですよ。
ニーチェもフロイトもこの穴の埋め方は書かないんだ。

ただ夏の匂いに目を瞑って、
雲の高さを指で描こう。
想い出だけが見たいのは我儘ですか。」

「ドラマチックに人が死ぬストーリーって売れるじゃないですか。
花の散り際にすら値が付くのも嫌になりました。

先生の夢は何だったんですか。
大人になると忘れちゃうものなんですか。」
「ヒッチコック」/ヨルシカ

 人間の汚い部分への嫌悪感。生きていることの痛み。命に対する皮肉。頭のなかをごちゃごちゃとかき乱すいろんな感情が次々と叫びになって吐き出されているかのようです。また、主人公のセリフ部分である「 」がひと括りではなく、いくつかのブロックにわかれているところも気になります。これはもしかしたら<先生>と呼ばれる対象が一人ではないことを表しているのではないでしょうか。

 単純に考えれば、思春期の悩める生徒が教師に<人生相談>をしている、と捉えられます。しかし<先生>と呼ばれる職業は他にもたくさんありますよね。たとえば政治家、医者、小説家…。すると<悪い人ばかりが得をしてるのは何でなんでしょうか>とは、政治家に。<生きてるだけで痛いんです>とは、医者に。<ドラマチックに人が死ぬストーリーって売れるじゃないですか。>とは、小説家に対する声であるとも考えられそう。

 そして、どの<先生>に対する声も【生きる】ことの理不尽さを責め、嘆き、どこか“諦め”が混じっているのです。そんななか「 」のセリフ部分ではない<ヒッチコックみたいなサスペンスをどこか期待していた>というフレーズだけが、実は主人公の本音なのかもしれません。ちなみに<ヒッチコック>とはイギリス出身のサスペンス映画監督。でも、自分の人生にはそのような刺激的な出来事は起こらないのだと悟り、わずかな<期待>は失われた…。だからこその空しさが伝わってくるのです。

「先生、人生相談です。
この先どうなら楽ですか。
涙が人を強くするなんて全部詭弁でした。
「ヒッチコック」/ヨルシカ


 さて、まだまだラストまで続いてゆく声。苦しくて<涙が人を強くするなんて全部詭弁>だと言ってしまいたくなるほど、心がダメになりそうな主人公は、最後の最後にどんな声を放つのでしょうか。是非、ご自身でヨルシカ「ヒッチコック」の歌詞全文を、じっくりと読んでみてください。みなさんなら、この歌に綴られている様々な<何でなんでしょうか>という答えのない答え、一つ一つに、どのような想いを抱きますか…?

◆紹介曲「ヒッチコック
作詞:n-buna
作曲:n-buna