恋が終着駅にたどり着いてしまっても、人はそこから、先に続いている日常を独りで進んでいかなければなりません。そんなその後の物語が綴られているのが「煙」です。まずこの歌は、失ってしまった愛しい<君>に関する全てのことを【タバコ】に置き換えて聴いてみてください。たとえば<サヨナラ>も然り。
サヨナラは連日続く雨で湿気っていった
ベランダ 溢れ落ちた息白く空に舞った
排水溝 流れる影 黄ばんでいった部屋の壁
情状酌量の余地もないな 禁断症状 震えている
どうしようもない寂しさ燃やして 煙 立ち込めていく
堂々巡り抜け出せなくて 心臓に刻むカルマ
また君を吸い込んだ
「煙」/The Floor
主人公にとって<サヨナラ>とは、ふたりが一緒に過ごした最後の大切な記憶。言わば特別なタバコです。だからいつまでも取っておきたかった。だけど<連日続く>悲しみの涙によって、それは日に日に<湿気って>火も付きにくいような状態になってしまったのです。もうその思い出に火を灯して、吸い込んで、気を紛らわしたり、心を落ち着かせたりすることはできません。
ただし、主人公は<サヨナラ>だけではなく【君とのいろんな思い出】=【タバコ】に火を灯しては、ベランダや部屋で吸い続けてきたようです。その空しさは<溢れ落ちた息白く空に舞った>というフレーズからわかりますね…。また<黄ばんでいった部屋の壁>は、どれだけその思い出に依存しているのかを表しており、それが<禁断症状 震えている>という状態に繋がっているのです。
溢れていた服も片付いて やるせないな
一つずつ余る食器を包んで やるせないな
毎週見てたバラエティー 今日は上手く笑えない
広くなったベッド寝付けなくて
裏っ返しになった生活どうにも生きづらいな
「煙」/The Floor
さらに、その<禁断症状>は、生活から少しずつ思い出が消えてゆくことで、ますます心を侵してゆきます。愛しい<君>の<溢れていた服>が片付いてしまったこと。ペアの<食器>の片方はもう要らないこと。ふたりで寝ていた<ベッド>も独りじゃ広すぎること。もはや衣食住がすべて<やるせない>し<生きづらい>…。そんな苦しみが伝わってきます。
どうしようもない寂しさ燃やして
煙 立ち込めていく
堂々巡り抜け出せなくて 心臓に刻むカルマ
どうしようもない日常を燃やして
煙 誤魔化してしまえ
堂々巡り抜け出せなくて 永遠に囚われの身
側にいてよダメになんだ君が居ないとさ
「煙」/The Floor
寂しくて、どうしようもなくて、誤魔化したくて、また思い出に火を灯して、吸い込んで、堂々巡り。そして最後の最後は<側にいてよダメになんだ君が居ないとさ>という痛切な心の叫びで終わってゆくのです。ちなみに「煙」には<君>というワードは出てきますが、一人称は綴られておりません。それはまさに、自分自身を失うほど<君>に囚われているということの証なのかもしれませんね…。
タバコを吸っている人が禁煙するのは難しいように、失った恋の思い出にすがることをやめるのも難しい…。みなさんも今“思い出依存症”に陥ってはいませんか? 心身を蝕むその思い出から、少しずつ少しずつ、離れてゆくことができますように…!