僕は夏が苦手だ。

 2024年8月30日に“ミセカイ”が新曲「泡沫少女」をリリースしました。今回のイラストは“熊谷のの”自身が2021年に発表したオリジナル小説『夏の呪いー透吾の日記ー』がもとになって描かれたもので、2枚のイラストを並べることでそこに描かれた少年少女それぞれの時の経過が表現されております。色彩豊かな情景が浮かんでは消えていく、夏の爽やかさと儚さを感じるサマーバラード。
 
 さて、今日のうたではそんな“ミセカイ”のアマアラシによる歌詞エッセイをお届け! 綴っていただいたのは、新曲「泡沫少女」にまつわるお話。夏は苦手、だけど、夏の空気感は好き。そんな自身が今作で真正面から“夏らしさ”と向き合い、ぶつかった壁とは…。また今回は音声版もございます。ぜひ本人の朗読でもエッセイをお楽しみください。


アマアラシの朗読を聞く

僕は夏が苦手だ。
 
嫌な思い出があるとかではなく、
単純に暑いこと、街中に人が増えること、湿気や汗、それを覆い被せるような香水の匂いが空気に入り混じること。
元々眼も肌も、長く陽の下にはいられない体質なので体と心の相性がたまたま合って良かったな。とは思う。
 
けれど、夏の空気感はとても好きだ。
 
暑いからこそ、まるで冬の澄んだ空気のように感じられる時折の涼さ
吹き抜けた風に乗った磯や緑の匂い
時間の流れがコマ送りのように感じられる木漏れ日
分厚く表面の陰影がより立体的に見える雲
龍が現れることを期待してしまうような、深くも薄明るい空の色を連れてくる突然の豪雨
相容れない筈の、かまびすしい蝉の鳴き声と静かに響く風鈴の音が綺麗に交わる田舎町
 
数分考えただけでこれだけの夏の景色を思いつくことができた。
 
今回、8月にリリースすることが先に決まった後、熊谷ののさんの夏にぴったりのイラストを元ビジュアルとして使わせていただけることとなり、
曲ごとに世界観を表現してきた僕たちにとって時期・イラスト共に夏の空気を纏わせないという選択肢はなかった。
そして去年「藍を見つけて」という、同じ夏をテーマにしている中で、秋口や夏の夜にフォーカスした曲をリリースしていたこともあり、
今回はいよいよ“夏らしさ”と向き合うしかないという状況だった。
 
しかし、冒頭でもお伝えした通り、僕は夏が苦手だ。
苦手を克服する為には先ず相手を知る所から始めないといけない。
それに何事も自分の色を出したいのならば誰よりもインプットをすることが大切だと思っているので、所謂夏曲と呼ばれる音楽を聴き漁った。
作曲者本人が夏の曲と謳っているものは勿論。リスナーが夏に聴きたくなる曲として作ったプレイリスト等も片っ端から調べて再生し続けた。
 
結果、自分の中でなんとなく想像していただけの“夏らしさ”に繋がる楽器や構成、ビート感を改めて認識して種類分けすることができた。
それと同時に、自分の表現したい方向の夏曲が特段少ないことに気がついた。
勿論世間的に求められている夏曲と僕の好きな夏曲が離れているという点もとても大きいと思う。
そして夏に“合う”音楽を作ること自体は種類分けされたパーツを組み合わせていけばそれらしくはなるけれど、
先ほど僕が挙げたような夏の空気感を“表現”することは実はとても難しいのではないかと大きな不安が過ぎった。
 
そして制作を初めてみて、その不安は的中した。
 
どれだけ作っても“それらしい”ものしか出来ず、
元ビジュアルとして作品を使わせていただいている身としてはとても世に放つには失礼な、自分の色・個性の足りないものばかりできては壊してをくり返した。
 
ミセカイを始めた当初は自分の中で作品の良し悪しが分からない状態でもメインボーカルである千鎖の声を乗せた途端化けるなんてこともあったけれど、
1年半一緒に音楽をやってきて誰より彼女の声を聴いている今では、大きな諦めと少しの淡い期待の乗った自信のない曲の仮歌を頼んでも、化学変化は起きず想像の中に収まることばかりだった。
没案が増えれば増える程、心から自信を持っている相方の声も活かしてあげられない、元イラストの熱量と空気感を表現しきれないという現実が、
自分の才能が無くなっている感覚と繋がり何度も逃げ出したくなった。
死にたいとかではなく、消えたくなった。
 
そういった感情はミセカイの音楽を創る場面においては正直珍しくはない。逃げ出さず向き合う為に、僕はピアノ単体の音楽を聴いて自分を落ち着かせることが多い。
そしてその時ふと、久石譲のSummerが脳裏に浮かんだ。
直ぐにネットで楽譜を買い弾いてみることにした。
ただ弾くだけならば決して難しい訳ではないけれど、ピアノの音一つ一つに意味があって本当の意味で弾ける様になるのはとても難しい音楽。
 
生ピアノではない、DTM上のピアノの音を気持ち良く聴こえるように微調整し続け、
原曲の空気感を少しでも表現しようと楽譜と向き合った時間が、自分の表現できる夏はなにかを再認識するのにとても大切だった。
そうして改めて楽曲制作と向き合い、泡沫少女のイントロが出来上がってからはあっという間だった。
 
「泡沫少女」という真っ直ぐな表題をつけることも、季節をそのままの意味として歌詞に入れることも、僕にはとても勇気のいることだった。
けれどその一歩を自ら進んで踏みしめられるくらいには、シンプルな中に想いも工夫も織り交ぜられたと思っている。
サカナクションに「ミュージック」というタイトルの楽曲があるが、山口さんほど音楽に対して想いの強い方が自分の楽曲にその名前をつけた覚悟は計り知れない。
自分もそんな覚悟が持てる音楽が描けたらなと、この曲が完成した時に改めて強く思った。
 
いつか“これ以上に良い曲は作れない”と思える曲が描けるまで、この曲のように自分の可能性を少しずつ広げて音楽と向き合っていきたいと思う。
 
それぞれの時間の経過が表現された二枚の対イラストだったからこそ生まれたこの曲が、あなたの綺麗で儚い夏の記憶をきっと彩ってくれると信じている。
 
<ミセカイ・アマアラシ>


◆紹介曲「泡沫少女
作詞:アマアラシ
作曲:アマアラシ