ほんのちょっとの距離のせいで。

  ヒグチアイが、9月から3ヶ月連続で新曲をデジタルリリース!2021年10月20日にリリースされたのが第2弾楽曲「距離」です。学生の頃の盲目的な恋愛ではなく、仕事も忙しく、恋愛以外のプライベートも忙しくなった働く女性の恋愛ソング。遠距離というだけではなく、近くにいても感じる精神的な距離やもどかしさも表現した楽曲に仕上がっております。

 さて、今日のうたコラムではそんな最新作をリリースした“ヒグチアイ”による歌詞エッセイを3ヶ月連続でお届け。綴っていただいたのは、新曲「距離」にも通ずるお話。19歳のときに付き合っていた、遠距離恋愛の年上の彼氏。もしも当時の<わたし>がこの曲を聴いていたら、恋の結末は違ったのかもしれません…。

~歌詞エッセイ第2弾:「距離」~

19歳のときに付き合っていた彼氏は、栃木の大学でカラスの研究をしている人だった。早朝に仕掛けた罠を見に行き、カラスが捕まっているとそれを研究所に持っていき生態なんかを調べる、という生活をしている人だった。ちょっと変わった人を好きになる癖を持っていたので、聞いたことのない人生を歩む人に興味を持った。

少し年上の人で、車を運転していて、レストランでご飯を食べた時には、当たり前のように前菜を頼んだ。高校生の付き合いしか知らなかったわたしにはどれも新鮮だった。そして、わたしの家族がバラバラに暮らしてることを知ると涙を流していた。そのとんちんかんな優しさもなんだか逆によかった。

だんだんと関係に慣れていくにつれて、わたしは東京、相手は栃木、見えない時間の中に不安を感じ始めていた。ある日、彼が飲み会があるというので、連絡がないこともまあしょうがないか、と諦めていたのだが、いつまで経っても来ない連絡に、誰と?どこで?どんな?という考えたところで答えの出ない疑問が浮かんできた。

長々と考えた結果、電話をした。何回目かのコールで出た彼は立派に酔っ払っていた。どうしようもなく。「もしもし?!大丈夫なの?」心配してるふりをしながら向こうの様子を探る。ガヤガヤとする中に、キンとした女の声が耳に突き刺さる。「なにー!?!彼女からー!?ヒューヒュー!」その声を聞いた瞬間に電話を切った。

なんだ。普通の男じゃないか。ただの、普通の、どこにでもいる男じゃないか。わたしが今東京で一人なのも、彼が女もいる飲み会でぐずぐずになるまで飲むことも、もう全部どうでもいい。

真夜中、ノートを開いて電子ピアノの電源を入れる。絶対に負けない、絶対に負けない。孤独に負けるもんか。勝手に蔑ろにされたと思って、勝手に意地を張って生きてきた。でも、そうしないと簡単に折れそうだったから。

そうやって磨いてきた刃が、10年後まさかこんな切れ味になるとは。

<ヒグチアイ>

◆紹介曲「距離
作詞:ヒグチアイ
作曲:ヒグチアイ