自分の言葉全てが意味なく思えて、前に進めない時期が長くあった。

 2021年9月22日に“尾崎裕哉”がNEW EP『BEHIND EVERY SMILE』をリリースしました。父である尾崎豊の曲をTVで披露し大反響を受けたり、昨年末より精力的にLIVEを行ったりと、活動してきた彼。今作には、トップクリエーターである旧友・Yaffleとのコラボレーション曲も収録。また、長年の盟友にしてヒットプロデューサーでもあるトオミヨウとがっつり組んだ意欲作となっております。
 
 さて、今日のうたコラムではそんな最新作をリリースした“尾崎裕哉”による歌詞エッセイを3週連続でお届け!綴っていただいたのは、今作の収録曲「Lighter」にまつわるお話です。かつて自分の言葉に自信が持てず、歌詞が書けなかったとき、彼を救ってくれたひと言とは…? 今の尾崎裕哉の音楽に通じている大切な記憶を、歌詞と併せて受け取ってください。

~歌詞エッセイ第2弾:「Lighter」~

Lighter」を書いたとき、30分でヴァースからコーラスまでのデモが完成した。それだけを聞くと、まるで自分に天性の才能があったかのように聞こえるかもしれない。でもはっきり言っておくが僕は凡能だ。センスが命な業界でこんなことを言うのも憚れるが、こんなタイプもいるんだと知ってもらえたら嬉しい。

形になるのが短いときほど『いい曲』になりやすいと誰かが言っていたが、確かにその通りだと思う。一番自然に言葉とメロディが重なった瞬間だった。皮肉なことに、概ね時間がかからなかった曲が、自分にとって大切な曲になることは珍しくないのが、世の常なのかもしれない。

でもある意味では、それ以上の時間がかかっているとも言える。これまで費やした時間と労力があったからこそ、その奇跡のような30分に出会えたのだろう。嘘か本当かわからないような、今では有名なピカソの寓話がある。

ある日、ピカソがレストランで食事をしていたら、彼に気づいたファンの女性が「お礼はするから、何か簡単なものを書いて欲しい」と言って彼に店のナプキンを渡した。すると、ピカソは喜んでそれを受け取り、おおよそ30秒で一つの作品を描き終えた。

そして、彼は絵の描かれたナプキンを返す前に百万スイス・フラン(おおよそ1億円)を要求した。女性は驚きとともに「たった30秒で書いたものなのに?」と尋ねた。そして、ピカソは(多分、得意げな表情で)「いや、40年と30秒さ」と言った。細かい数字は人によって異なるが、要はその絵が描ける境地に至るまで、それだけの見えない時間を費やしてきたということだ。

なので、着手してから30分で完成した曲ではあるが、重みはその何倍もある。元来、曲を書くのが苦手な僕は、未だに大変な思いをしながら一曲を形にすることの方が多い。曲作りにおいて成功も失敗もないのかもしれないが、少なくとも人に聞かせるべきものの水準は存在するからだ。

僕は曲先だということもあり、できた曲がいい曲で、大事に思ってしまうときほど形にするのが怖くなる。それでも「全てはケセラセラ」だと自分に言い聞かせながらやってこられたのは、とある恩人との出会いと彼が僕に刻んだ言葉のおかげだ。

その言葉は「排泄物が一番の肥料になる」だ。

僕がバークリー音楽大学の夏季プログラムに参加したとき、歌詞の先生から伝えられた言葉だ。僕は、自分の言葉全てが意味なく思えて、前に進めない時期が長くあった。いろんな人に成功を期待されていると感じていたからこそ、失敗したくなかった。そんな相談を先生にしたとき、彼から言われた。

「ソングライターの作るものの9割は排泄物(SHIT)だ。でもそれを溜めることでしか傑作に辿り着くことはできない。何故なら排泄物(SHIT)が一番の肥料になるからだ。だから恐れずに書け!(Write fearlessly!) ハーッハッハ!」

いかにもアメリカンなその言い回しに驚きつつも、その言葉を聞いて幾分胸が軽くなった。失敗することでしか、成功はありえないという真実を突きつけられたことで、僕は失敗できる言い訳をもらえた。頭でわかっていたことも、こうやって面に向かって言われることで、スッと心に入ることもあるものだ。

初めて楽曲を完成することができて、それが「Road」という曲になった。それからYaffleや小袋成彬などと出会い、自分の世界観の原型を作っていくことになる。そして何より、身近で多くのチャレンジをこなす者たちを見て、自分も負けていられないと思えたことが、僕をもっと成長させてくれたのだが、それはまた別の話だ。

だから30分で書いた「Lighter」という曲にかかった歳月は「10年と30分」とも言えるかもしれない。それが長いのか短いのかはわからないけれど、僕はただ次に生まれる一曲には、より多くの時が乗っかることが楽しみでしかない。

<尾崎裕哉>

◆紹介曲「Lighter
作詞:尾崎裕哉
作曲:尾崎裕哉

◆New EP『BEHIND EVERY SMILE』
2021年9月22日発売
【初回生産限定盤】SECL2695-2696 ¥2,300(税込)
【通常盤】SECL2627 ¥1,600(税込)

<収録曲>
1. ロケット
2. Anthem
3. Lighter
4. With You