怒らない代わりに笑わなくなった。わたしはどこにもいなくなった。

 2019年9月25日に“ヒグチアイ”がメジャー3枚目となるニューアルバム『一声讃歌』をリリースします。さらにその発売に先駆け、2019年6月19日を皮切りにデジタルシングル三部作を配信することが決定。第1弾「前線」、第2弾「どうかそのまま」、第3弾「ラブソング」が配信中です。さて、今日のうたコラムでは、そんなリリースを記念して“ヒグチアイ”本人がエッセイを執筆!

 7月~9月の期間、月1度、スペシャルな記事をお届けしてきました…!そして、今回がその最終回となります。尚、待望のニューアルバムは、ヒグチアイが自身の過去を振り返って、これまでの自分と向き合いながら制作されているとのこと。今回のコラムも、何かの収録曲に、どこかのフレーズに、繋がっているのかもしれません。それでは第1弾エッセイ第2弾エッセイに続く、最終回をじっくりとご堪能ください!

【最終回:ラブソングをあなたに】

知人が出会い系アプリで出会った人と結婚した。下心なのか?そうでないのか?の駆け引きをすっ飛ばしているから、素直になれるらしい。なるほど、恋愛で一番難しいのは素直になることだったんだ。

四年前。何度も浮気され、何度も騙され、お金も貸して、それでも好きで付き合っていた恋人がいた。最後はわたしから別れを告げた。でも真実は、相手が言葉にしないからわたしが言うしかなかった、だけのことだ。もっと前に別れていれば、と思うことが今でもある。後悔先に立たず。

なぜ、わたしが別れなかったかと言うと、恥ずかしかったからだ。浮気されたわたしが可哀想で惨めで、恥ずかしかったから。わたしは大人だと、そんなことで別れるような女じゃないと、もっと肝の座ったでかい女なんだと思われたかった。誰に。たぶんわたしを知る人全員に。それは仮面であり、着ぐるみであり、虚像であったけれど、身につけるのは難しくなかった。

そのせいで、わたしは薄くなっていった。わたしの中のわたしは小さくなり、ヒグチアイさえも消し去りそうになっていた。実際、声の出し方も、歌詞の書き方も、なにもかも変わっていた。わたしを偽ってしまったら止まらなかった。表情はかたく、怒らない代わりに笑わなくなった。わたしはどこにもいなくなった。

そんなときに、思い出したことがある。その話が、このコラムの第1回第2回の話だった。わたしはたしかに家族に愛されていて、人を愛していて、どうでもいいようなことを覚えていた。そして、ちゃんとしあわせを知っていた。それに気付くまでにかなりの時間が経った。思い出がわたしを素直にしてくれた。

さよならをして、家を引き払った。敷金が大量に返ってきて、それを全額もらって貸したお金はチャラにした(敷金の方がちょっと多かった)。引っ越した先のアパートは畳の部屋をフローリングに改装したのだろう、窓の低い家だった。春には桜が見える家だった。

思い出すことは、想うことだ。想うことで、想われるはずだ。思い出は燃料だ。たくさんの思い出を作って、また燃やして、わたしは今日も歌をうたっている。

<ヒグチアイ>

◆3rd full ALBUM『一声讃歌』
2019年9月25日発売
初回限定盤 TECG-37127 ¥3,364+税
通常盤 TECG-32128 ¥2,909+税

<収録曲>
01. 前線
02. どうかそのまま
03. 街頭演説
04. 風と影
05. バスタオル
06. 走馬灯
07. ほしのなまえ
08. 一週間のうた
09. いちご
10. 聞いてる
11. ラブソング

◆先行デジタルシングル三部作
第一弾「前線」配信中
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第二弾「どうかそのまま」配信中
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第三弾「ラブソング」配信中
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<LIVE>
■HIGUCHIAI band one-man live 2019
2019年11月16日(土) 東京 Veats shibuya
2019年11月24日(日) 大阪 梅田 Banana Hall