このコーナーでは、当時のランキングやエピソードと共に、「ザ・ベストテン」に出演した歌手のヒット曲を紹介していきます。第22回は1985年4月11日のランキングを紹介。
今月のスポットライトは、80年代から歌手として数々のヒット曲を生むと同時に実力派女優として活躍、その幅広い演技に最近再び注目が集まっている、斉藤由貴のデビュー作「卒業」を取り上げます。
淡々とした心情描写が共感を呼ぶ、卒業ソングの名曲
spot_photoです。

 横浜市出身の斉藤由貴。子供の頃は周囲になじめず、学校ではいつも一人で本を読んだり、絵を描いたりしている内向的な子だった。見かねた母親が84年、娘が変わるきっかけになればと「第1回東宝シンデレラオーディション」に応募。最終選考にまで残り、芸能界入りのきっかけをつかむ。その後「ミスマガジンコンテスト」でグランプリに選ばれ、アイドルとして活動を開始。最初に出演した明星食品「青春という名のラーメン」のCMでは、ポニーテールと大きな潤んだ瞳、そして印象的な「胸騒ぎ、ください」のセリフで視聴者のハートを釘付けにした。85年4月からは初の主演ドラマ「スケバン刑事」がフジテレビ系で放送開始。主人公・麻宮サキを演じ大人気に。

 そんな斉藤の歌手デビュー曲が「卒業」である。「ザ・ベストテン」には85年3月21日、スポットライトで初出演。高校卒業直後の18歳だった彼女は、白いブラウスにスカート、パステルブルーのジャケットという清楚な可愛らしい服装でスタジオに登場。初々しく自己紹介してから歌った。その3週間後、4月11日に「卒業」は9位に初ランクイン。この時はドラマ撮影中のNHK放送センターの前から中継。ドラマの設定が大正時代のため、劇中の袴姿のまま雨の中で和傘をさして歌った。当時、松田聖子や中森明菜などほとんどのアイドルが2ndシングル以降でしか初ランクインできなかった中、斉藤由貴はデビュー曲からランクインした数少ない一人である。

 この曲で歌われているのは、卒業式なのに泣かない女子生徒のモノローグ。周囲が感傷に浸る中、ひとり冷静な自分が浮いていることを自覚しつつ、淡々と受け入れている。メールもSNSもなかった時代、「心はつながっている」「きっとまた会える」…といったきれい事は一切言わず、必ず連絡するという「あなた」からの約束の提案も、守れそうにないからと断ってしまう。どこか大人びて達観した様子は異彩を放ち、それは斉藤自身のイメージにも重なるものがあった。

 作詞した松本隆は、控えめな中にも周囲に流されない芯の強さを斉藤由貴に感じ、「こんな女の子が卒業式にいてもいいだろう」と思って書いた、と後に語っている。ちなみに斉藤も自身の高校の卒業式では泣かなかったそうだ。ただ式を終えて教室に戻った時、同級生にせがまれて「卒業」を歌ったところ、まだ発売から間もないにもかかわらず、先生も含め皆が一緒に歌ってくれて感激したという。

 その後もヒット曲を連発し、ベストテン終了までにランクインさせた曲数は10曲。他のアイドルと異なり、歌番組で歌う時はほぼ直立不動で、丁寧に両手でマイクを持って歌うのが常だった。それゆえ、井上陽水の「夢の中へ」をカバーした時(1989年)に、本人が考案したという、ステップを踏むように体を揺らして歌う動きが話題になったほど。

 「スケバン刑事」の頃は、大人気の裏で、朝から深夜まで雑誌やCMの撮影が続くなど多忙を極め、心を削られる思いだったという。また内向的な性格ゆえに積極的に前に出ることができず、アイドルとしての活動には抵抗があったようだ。しかし1986年、NHKの連続テレビ小説「はね駒」に主演したのを機に、女優として本格的に開眼していく。この年、歌手・女優とも仕事が充実し、第37回NHK紅白歌合戦に「悲しみよこんにちは」で初出場し、紅組司会(キャプテン)も務めている。意外にも、紅白出場はこの時の1回きり。

 結婚して三児の母となって以後も数々のドラマ、映画、舞台に出演し、非常に幅広く演じられる実力派女優としての地位を築いた。2016年には、NHK大河ドラマ「真田丸」で徳川家康の側室をユニークに演じた一方、携帯電話会社のCMで見せた可愛らしい演技が脚光を浴び、再ブレイク。女優を「天職」だと語る彼女は、これからも円熟した演技を見せてくれるに違いない。

 また不定期ではあるが歌手活動も行っており、2015年には新アルバムを発売。そんな彼女の楽曲群において「卒業」は、発表から30年以上たった今も、アイドルの代表曲という枠にとどまらず、卒業シーズンを彩る名曲として、世代を超えて共感を呼び続けている。それは、歌われている主人公の心情が、決して特別ではなく普遍的なものであったことの証明であろう。

ザ・ベストテン☆エピソード
 1985年は、1月から2月にかけ、斉藤由貴の他にも尾崎豊、菊池桃子、倉沢淳美が同じ「卒業」というタイトルの曲を立て続けに発売して話題になりました。ザ・ベストテンには4月11日から3週間、菊池桃子、斉藤由貴の2曲が同時ランクイン。4月25日には菊池6位、斉藤7位と順位が並びました。この時、それぞれ別の場所から中継で出演。トーク部分は2人一緒にスタジオと会話する形になり、菊池は「よく、同じ曲なの?って聞かれます(笑)」とコメントしていました。
ザ・ベストテン「今月のスポットライト」 Back Number