勝手な使命感が動かした、失ったモノたちが教えてくれたこと。

 2023年2月22日に“牛来美佳”がメジャーデビューシングル「いつかまた浪江の空を」をリリースしました。彼女は東日本大震災後、避難先で活動を続ける、福島県浪江町出身のシンガーソングライター。タイトル曲は、震災前に浪江町のイベントで知り合った音楽家・山本加津彦との共作で、2015年にYouTube上にて発表。その後、合唱曲としてもじわじわと全国に広がり、昨年配信限定でリリース。そして今年のCD化に繋がりました。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな“牛来美佳”による歌詞エッセイをお届けします。歌手になる夢を抱き始めた頃、東日本大震災の経験、「伝えるための歌を歌い続ける」という決心、そして生まれた「いつかまた浪江の空を」という楽曲。今ここにたどり着くまでの軌跡と想いを、歌詞と併せて受け取ってください。さらに今回は“音声版”もございます!牛来美佳本人の朗読でもエッセイをお楽しみください。


牛来美佳の朗読を聞く

8歳の時から夢見ていたのは歌手になること。
教室の窓からいつもの景色を眺めながら、
言葉というものなのか…想いというものなのか…
ノートや教科書の隅に書き綴る。
その頃から一人遊びのように癖になってた。
 
福島県内ではあったものの中学を卒業して親元を離れ、
密かに歌手になる夢に向かっていくつもりだったが、
出逢ったライブハウスの店長とのご縁で、
イベントのステージでカバー曲を歌うシンガーとして、
何度かステージに立っただけ。
オリジナルの制作や本格的な音楽活動は一切なく、
ただただ歌手という夢に恋をしているような私だった。
 
19歳の時に娘を授かり、それを機に帰郷し20歳で出産。
間もなくシングルマザーとして娘を育てる日々。
周りはこれからやりたいことを見付けて夢を追いかけていく時。
だけど私は生活や育児に追われていく日々で、
同世代の子たちとは全く違う環境(状況)だった。
 
 
 
そして私は東日本大震災を経験する。
まして原発事故により全町民強制避難指示区域となり、
着の身着のまま突然の避難を余儀なくされた。
福島県内は勿論、新潟県内などあちこち転々と避難した後、
当時5歳だった幼い娘と2人で群馬県に辿り着いた。
 
避難先で見える景色はその地域にある当たり前の姿。
私たちにとっての当たり前の日常はどこの場所にも重なることはなく、
あの浪江町にあった全てという全てが当たり前の日常だった。
 
町は存在しているのに自分たちが住んでいる家にも、
町に入ることさえ許されない。
って本当に意味が分からない現実が起こった。
 
 
 
大地震により崩壊している建物も、
大津波で救助隊を待っていた命たちも、
そのまま…そのまま突然に町から人が居なくなった。
そんなことが現実に起こっていること。
 
心の叫びは限界を超えて、
とにかく伝えなきゃ、伝えなきゃ…と
強い想いと共に焦りを感じていた。
 
 
安否確認後に電話してきた
10代の頃に出逢ったライブハウスの店長。
「美佳、こんな時だからこそ歌わないか?
10代の頃いつかオリジナル曲つくろう
って言ってそのままだったしさ…。」
 
とにかく伝えなきゃ…と思い繰り返す中で、
その電話の声を思い出した。
気付いた時には「私、うたう。だから協力して欲しい」と電話をしていた。
震災から3ヶ月後のことだった。
福島と群馬を行ったり来たりしながら生まれて初めての作曲。
無知ながら自主制作でCDを作る作業に取り掛かり、
2012年3月にミニアルバムを完成させた。
 
「伝えるための歌を歌い続ける」と決心し、
私はシンガーソングライターとして活動し始めた。
 
強制的に町を去らなくてはならなかった現実は、
どんな言葉を並べても全てを表現できない。
当たり前にあるこの瞬間、瞬間がこんなにも愛おしいということ。
そして私は伝えるための歌を歌い続けていきたい。
その目の前にある日常が私たちにとって愛おしい日々。
震災があって良かったなんて思うことはこれまでもこれからも決して無いこと。
だけど震災がなければ出逢えなかった沢山の方々とのご縁が私の支えであり、
一つひとつの巡り合わせに心から感謝している。
 
音楽家・山本加津彦さんと共作し2015年に発表した「いつかまた浪江の空を」。
発表から7年の月日を経てキングレコードから配信リリースになり、
また更に約1年越しに同レコード会社からCDリリースとなった。
 
傷ついた心を癒せぬまま、震災直後に音楽を通して伝えることを決心した。
本当は孤独に歌っていたような気持ちもあったけど、
諦めない気持ちと伝え続ける想いがゆっくりゆっくりと時と共に歩いている。
 
この楽曲に込めた想い…
いつかまた浪江の空の下で沢山の人々たちの笑顔が溢れ、
当たり前の日常が、生活の音が、自然の鳴き声たちと共に
ありふれることを心から願い、祈りを込めてずっと歌い続けてきた大切な楽曲です。
 
浪江で会おう…。
 
<牛来美佳>



◆紹介曲「いつかまた浪江の空を
作詞:牛来美佳・山本加津彦
作曲:山本加津彦

◆「いつかまた浪江の空を」
 
<収録曲>
1.「いつかまた浪江の空を」
2.「菜の花のきみへ」
3.「幸せのカタチ~I think this is Love~」