「引越し蕎麦」という言葉。

 2023年2月15日に“a flood of circle”がニューアルバム『花降る空に不滅の歌を』をリリースしました。ジャケットは、世界的に活躍している画家・奈良美智によるデザイン。これまでも佐々木亮介(Vo.Gt.)が愛用するギターにイラストを描いてもらうなど親交があり、今回は佐々木本人の熱烈なオファーにより実現。そして楽曲は、昨年リリースされた「花火を見に行こう」「Party Monster Bop」を含む全10曲が収録されております。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“a flood of circle”の佐々木亮介による歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、今作の収録曲「くたばれマイダーリン」にまつわるお話です。この曲に描かれた<引越し蕎麦>という言葉。彼がこのワードを“おもしろい”と思った理由は…。たったひとつの言葉からも見えてくる歌詞へのこだわりをお楽しみください…!



僕は「くたばれマイダーリン」という曲の歌詞に「引越し蕎麦」という言葉を入れた。
 
直感的に面白いと思ったからだ。
つまらないよりは面白い方が好きだからだ。
その自分の直感がなんなのかほんの少しだけ解きほぐしてみると、以下のようなことだと思う。
 
まず「引越し」と書くだけでもう、そこに物語や感情が立ち上がって来る。
子供の頃から引越しが多かった自分にとって、それは非常にドライな行いであるという認識がある。
 
良くも悪くも思い出が沢山あった部屋が短い期間で無機的な空間にされてしまうし、何となく捨てられないでいた品も荷造りの過程では合理性に負けてしまい「もう要らないじゃん」と気づかれ処分されてしまうし、環境や人間関係が総取っ替えになることも確定条件だし。海を越えるような引越しでは特に。
 
もう2度と会わないだろう人や触れないだろう物の多さに寂しくなる、というか大袈裟に書けばそこには絶望的な断絶を感じたりもするのである。
心は当然、水道や電気を止めて引越し先での契約を新たにする、みたいにはっきりと切り替えることが出来ない。
 
引っ越す前の記憶/引越しの準備の動作/引越しの移動中の景色/引越し後の空虚さ、期待とか不安とか一言で区切れない心情、段ボールでもガムテープでも何でも良い、無限に詩性が宿りそうなポイントが見つかる。
引越し。
なんとエモエモのエモな行為なんだろう。
 
だからこそ歌詞を書く時に「引越し」という言葉を単体で使うのは避けた。
つまらないと思ったからだ。
 
「引越し蕎麦」がアリだと思ったのは、それが引越しにまつわるイベントの中でもトップ・オブ・謎の儀式だからだと思う。
食べる意味もタイミングも分からない。
グーグルなんかで調べれば伝統的に正しい意味やタイミングはすぐに分かると思うが、自分にとってはその謎の部分が大事だった。
 
この歌の登場人物は引越しに際して迷いの中にいて、つい現実逃避的になっている。
人間関係や人生そのものの大きな分岐点に立っているというのに、口に出せない本音を持て余して、ついどうでも良いはずの引越し蕎麦について考えてしまう。
 
僕は、例えば大学の入学試験を受けている時にも、ペンを持って試験用紙に向かい真面目な顔をしながら、メシのことやエロいことを考えていた。
本能的な欲求が満たされる妄想をすることでプレッシャーから逃げようとしていたんだと思う。
ただ無為に時間を過ごすだけだと知りながら。
1人称の歌詞ではないのに肝心なところで「引越し蕎麦」が召喚されたのは、そういう自分の性質の発露だろう。
 
歌詞に食べものを入れることによって技術的な効果が生じるとも言える。
味、香り、見た目、感触を想起させるということ。
さらに、文脈はもちろん、歌い方やコードやリズムなどの音楽的な要素が蕎麦のニュアンスを伝えることもあるかも知れない。
限定はしないが、この人の盛り付け方は粗そうだなとか、海苔は切るとしても手で適当に千切られていそうだとか、蕎麦は結構ぶよぶよと伸びていそうだとか。
 
自分は普段革ジャンを着て「ロックンロール」だの「オーイェー」だの「オーライ」だの「ベイビー」だのを真顔で怒鳴り散らすような演奏をしているので、非常にステレオタイプなロックのミュージシャンの人という感じなのだが、それは好きでやっているし気持ちが良いんだから仕方がないとしても、ステレオタイプだからこそ逆張りを意識することは多い。
 
引越し蕎麦は、おそらくロック・ミュージックに登場してこなかったか、少なくともビールとかウイスキーとかドーナツとかよりは登場回数が少ないはずだし、そこに自分はチャーミングさを感じる。
何かに影響を受けて、スタイルを持つのは悪いことじゃないはずだ。
でもそこで止めない。
抵抗する。
逆張りを散りばめてみる。
変でも歪でも自分のスタイルが出来ていく気もする。
その方が面白い。
 
歌詞を書くのは面倒で、面白い。
面白い言葉を探すことは面白い生き方を探すことに似ている気もする。
生きていくのは面倒で、たまに面白い。
昨日までナシだった言葉をアリに転換する。
それはほとんど、クソみたいな役立たずの自分が好転していく可能性に賭ける行為とも言える。
 
僕は「くたばれマイダーリン」という曲の歌詞に「引越し蕎麦」という言葉を入れた。
 
<a flood of circle・佐々木亮介>


◆紹介曲「くたばれマイダーリン
作詞:佐々木亮介
作曲:佐々木亮介

◆ニューアルバム『花降る空に不滅の歌を』
2023年2月15日発売
 
<収録曲>
01. 月夜の道を俺が行く
02. バードヘッドブルース
03. くたばれマイダーリン
04. 如何様師のバラード
05. 本気で生きているのなら
06. カメラソング
07. 花降る空に不滅の歌を
08. GOOD LUCK MY FRIEND
09. Party Monster Bop
10. 花火を見に行こう