あんなに愛おしかったのに、今は痛いだけ。

 2022年6月8日にKarin.が5th EP『星屑ドライブ - ep』をリリースしました。全4曲で構成される本作は、20代を迎えたKarin.が新たな環境の下で制作に取り組んでおり、新しいKarin.を感じることができる内容となっております。
 
 さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放ったKarin.による歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、今作の収録曲「永遠が続くのは」にまつわるお話です。この曲の歌詞の奥にある<私>と<君>の物語を受け取ってください。


私の知らない彼を知ったとき、永遠という言葉はゆっくり眠りについた。さっきまであんなにも鮮明だった記憶が遠くなって行く様を私はただ見届けることしかできなかった。「永遠」なんて言葉が無ければ、君が悲しむことなんてなかったのに。
 
私の青春時代に君は居なかった。
 
鮮やかで、透明で、苦しくって、すぐに錆びてしまう愛を教えてくれたとき、残念ながら私はもう純粋ではなかった。
左目から流れるはずの涙はもうとっくに誰かの為に使い果たしてしまったし、優しくされる度に自分のことが心底嫌になったりもした。
もうこのまま消えてしまっても仕方がないと思っていた。
 
待ち合わせ場所は、普段滅多に使わない駅の12番出口。
時間に余裕がある私はゆっくり、ゆっくり道を進んだ。
慣れないスカートと、いつもより巻いた髪の毛。
手先が不器用な私は、いつもより入念に準備をした。
それほど5年間の空白は、まだ20年しか生きていない私達にとって、長い月日だったということを物語っていた。
 
目的地に近づくとともに私の心はぎゅっと締め付けられ、次第に鼓動が速くなっていったのを感じた。
駅に辿り着いた私は12番出口を目指す。
しかし、思っていたよりもこの駅の中はとても広く、歩いても歩いても12番出口にたどり着ける自信はなかった。
 
こんなにも君を大切に思っているのに、それが伝わらない。
 
君に会えたら話したいことがある。
今日までの間にたくさん考えたけれど、本当に伝えたいことは一つしかなかった。
それはたしか、心に一番近い気持ちだと思う。
 
そんなことを考えているうちに、私は12番出口に着いていて、一瞬で君の姿を見つけることができた。
 
「久しぶり」
「うん、じゃあ行こっか」
 
5年前と変わらず、君は相変わらず冷たかった。
きっとそれが、君の本当の姿なんだと思う。
 
5年前、私達は周りが勝手に当てはめようとする「恋」とか「愛」に振り回されて、この関係に終止符を打つことになった。
恋が死んで行く様子は、今日が明日に変わるくらい呆気ないもので、「あの時は若かったね」と言い聞かせても、あの時はあの時なりに輝かしいものがあった。
学校終わりに二人で歩いて帰ったこと
周りから冷やかされたこと
 
どれも本当に楽しかった。
 
上手く言葉にできない君がとても可愛かったのに、今となってはイライラするし、長い間君の感覚を食べていた私は、一匹狼になった。
 
12番出口を後にし、5年間の空白を取り戻す為、私達は都会の中をただひたすら歩いた。
 
会う前は、「君がいなくても生きれることばかりだった」と伝えようとしていたけれど、そんなことは言えず、最近の音楽の話や、学校の話など他愛のない話がしばらく続いた。
話はそれなりに盛り上がり、明日の予定なんて忘れてしまうほど笑いあった。
 
そんな時、「終電が近いかも」と君の方から声がした。
強がっていたのか、私は、「わかった、じゃあそれまでどこかで座って話そうよ」と冷たく返事をした。
 
大通りを抜けて、広場にあったベンチに腰をかける。
寂しさが大きくなった後、少し沈黙が生まれた。
それを埋めるために、「大人になったね」と君は言うけど、大人なんて初めからなりたいと思ったことはなかった。
というより、私は大人になれなかった。
大切なこの空間を壊したくない私は、「そう?じゃあ、そうかも」と平気で嘘をついた。
 
それから場所や話題を転々と変えたけれど、君が帰ってしまうことに変わりはなかった。
どれだけ遠回りをしても君の終電はすぐにやってくる。
それが本当に嫌で寂しかった。
それほど私は永遠を見過ぎでいたんだと思う。
私達は永遠を生きることはできないのに、「永遠」という言葉を使いたがる。
 
永遠なんて、生きることと死ぬことのサイクルだ。
他人に決められた道をふらふらと歩いていても、我が道を選んだとしても、境界線を越えたら皆同じ定めになる。
もう一度産声をあげた時には「永遠」なんて言葉は忘れているに違いない。
 
夜の匂いはいつもより冷たく、鼻がツンとした。
君はどう思っているかな。
「君は大人だよね。私ばっかり子供だから、さよならのタイミングを見失いそうだよ」と私は俯きながら無責任に言葉を放った。
「でも明日朝早いんでしょ。俺は何も無いけど、、また電話しようよ」と低い声で、でもちょっぴり優しく君は答えてくれた。
帰り際に優しくするなんて、君らしいなと思った。
「この実りのない愛はどこに片せば良かった? 私は愛じゃなくて理解が欲しいの」と怒り狂ったとしても、君は「俺は哲学苦手だから、答えが出ることしか話したくない」とか言うんだろう。
 
優しさなんてただの一時の感情と同じなのに、私はそればっかり忘れられないでいる。
一瞬、未来が見えたのは気のせいだったのか?
夜から朝になるまでの間一緒に居たからって、未来が約束されるわけじゃないのに、私は何を見つめていたのだろう。
 
「じゃあ、5分後の電車で帰るわ」
「そうだね、また会おうね」
「寂しいわ~」
「寂しいだなんて嘘つかないで!」
「本当だって(笑)」
 
繋いでいたい右手はずっと空っぽだったのに、改札までの間は手を繋いでくれた。
 
「じゃあね」
「うん、じゃあね」
 
耳の側で言葉を残した後、君は改札の中へと入って行った。
君の背中は視界からどんどん小さくなって、やがて見えなくなった。
聞き慣れないチャイムと共に君は自分の家へと帰っていった。
 
こんなことを考えたって、必ず明日はくる。
「愛と理解は等しい」と帰り際に君は教えてくれたけど、私は別物だと思っている。
「今私達に必要なのは時間だ。だから、ちゃんと話をしよう?」と言ったところで、君は最終列車に揺られて家を目指している。
もう戻れないのに、あの時の君にもう一度話がしたくなった。
過去を惜しんだって、そこにいるのは美化された私達だ。
愛し合った関係を終わりにしたのだって、何か理由があったからだろう。
 
私に残ったこの感情も、いずれ薄らいでいくものなんだろうか。
この気持ちが消えた時、君に会う理由はもう無くなってしまうんだろうか。
いくら考えても答えなんて出るわけないだろう。
計算が苦手な私でさえも、そんなことくらい知っている。
知っているのに、すべてを捨てて行き着く果てに、救いはあるのか考えてしまう。
 
私達はまだ若いし時間もたくさんある。
まだ本物の愛を知らないからこそ、若気の至りのような恋をしているんだろう。
君は夜で、私は影だ。
二人で同じ景色を見ることができたあの日を、一瞬だけ未来が開けた気がしたことも、丁寧に忘れられるように、私は「永遠」を信じることにした。
 
今思うと私の幸せは、回り続けるアナログ盤と、爪を切る音、夜の匂い程度のもので満たされていた。
ビル・エヴァンスのアルバムを聴きながら、一枚のテイッシュペーパーの上に乾いた三日月をただ並べることに集中した。
昨日はあんなに楽しかったのに、覚えていたのは私だけ。
私は、アイツに言われた言葉をずっと心の中で引きずっていた。
 
「俺たち、もうこれで会うのは最後だね。」
「え、なんで?」
「だってもう会う理由がないじゃん。」
「会いたいから会うのは違うの?」
「それだったら会いにきて。俺、金無いし。」
「会ってくれるんだったら良いけど。」
「じゃあまた5年後」
「そんなの忘れちゃってるに決まってる。」
「冗談だよ、月に一度会えたら良いね。」
「そうだね」
 
その会話は当たり前のように存在していて、何処か狂っているようにも見えた。
ゴールの見えない道をひたすら歩いていたって、未来が見えるわけでも無い。
それでもどうにか、二人で同じ景色を見たかった。
 
ほぼ裸の状態で起きた私たちは、服を着た後洗濯機のスイッチを押し、洗濯がスタートした。
昨日見た天気予報通り、今日はいつもより暖かく、風が気持ち良かった。
君がコンタクトを付けている間に、私はこっそりとベランダに移動した。
窓を開けると周りには山があった。
都会から離れた空気は心地良く、私を受け入れてくれた気がした。
バックの中に閉まっていたフィルムカメラを取り出し、シャッターを切った。
 
「本当に来月引っ越しちゃうの?」
「うん、だって大学から遠いし」
「ふーん」
 
部屋の中にダンボールがたくさん置いてあるのは、きっとそのせいか。
君は昨日の夜にコンビニで買ったパンを袋から取り出し、無表情で食べていた。
私は冷蔵庫から取り出したペットボトルをグラスに注いだ。
 
「お腹すいた。」
「何食べよっか。」
「マックで良くね?」
「まあ良いけど」
「俺頼んでおくから、何が良い?」
「ん~、まだ決まってない。」
「オッケー、俺は決まった。」
「早いな」
「あ、じゃあ散歩しようよ」
「良いけど坂ばっかりじゃん」
「マックなんか食ってたら太るぞ。」
「そっちが誘ったくせに!(笑)」
 
この会話が、この空間がとても幸せだった。
まるで私たち、同棲歴2年目のカップルみたい。
この時間がずっと続けば良いのに。
 
二人で歩いてきた時間はもう戻れない。
でもあの時のことを思い出している時だけ、時間は前にも後ろにも進まなかった。
誰よりもわかっていたと思ってた。
針で刺せば血が出るみたいに、過去がわかれば未来も解ると勘違いをしてた。
こんなことを押し付けたって、君の気持ちが変わることなんか無くって、気づいたらもう知っている朝がきた。
聴いていたレコードはもうとっくに聴き終わっていて、ただずっとくるくると回っているだけだった。
 
言葉を紡いで沈黙から目を背けることは、弱さだろうか。
ぼやけている幸せの定義に反抗したって、きっと無意味だろう。
わかっていても、私は私でいることを諦めたかった。
 
あんなに愛おしかったのに、今は痛いだけ。
 
<Karin.>



◆紹介曲「永遠が続くのは
作詞:Karin.
作曲:Karin.


◆『星屑ドライブ - ep』
2022年6月8日配信

<収録曲>
1. 星屑ドライブ
2. 嫌いになって
3. 会いに来て
4. 永遠が続くのは