ふと、音楽チャートを見ると、例えばCDシングルでは男女アイドルグループやアニメのキャラクター名義の作品が躍進、着うたでは西野カナ、木村カエラなど漢字苗字+カナ名前、もしくはJUJU、BENI、Tiaraなどアルファベット表記の女性シンガーが目立っていて、漢字フルネームのソロ・アーティストが非常に少ないことに気付かれることだろう。(そういえば、とあるギャルが昔のオリコンランキングのアーティスト名を見て、「げっ!漢字ばっか」と驚いていたこともあったっけ。)珍しく漢字が多いチャートだと思えば、現代ではそれは演歌チャートだったりするものだ。
そういった状況の中、歌詞検索ランキングでも、漢字フルネームTOP10を見てみると、総合順位で100位内に入っている楽曲は、たったの7曲。しかも、TOP10中の4組が既に前世紀にデビューした中堅〜ベテラン組で、漢字ソロアーティストの、とりわけ若手がいかに少ないかが分かる。J-POP界で漢字名義のソロデビューがこれだけ少ないのは、ともすれば演歌・歌謡曲テイストを制作側が過剰に敬遠しているからなのかもしれない。
しかし、そんな中、今月の1位は坂本冬美で、2007年にビリー・バンバンが歌っていたものをカバーした「また君に恋してる」。ベテラン作詞家・松井五郎ならではの、普遍性の高いラブストーリーも見事だが、それを演歌出身でありながら、本作ではコブシを抑え、更にはFMやタワーレコードのイベントにも出演するなど完全に殻を打ち破った坂本およびスタッフの心意気が素晴らしい。ちなみに、この前年からシリーズ化されている“演歌歌手によるJ-POPカバー集”『エンカのチカラ』も累計5万枚弱の売上となっている。
2位は、斉藤和義が歌う同窓会をテーマとした軽快なロックチューン。斉藤は、スガシカオ、トータス松本と共に1966年(生まれ)組として着実に活躍してきたが、本シングル通算38作目にして、CD、着うた共に自己最高位をマークするという、昨今の音楽市場では有り得ないほど良い状況にいる。3位は、植村花菜の「トイレの神様」。祖母への感謝を綴った9分52秒の弾き語りバラードで、こちらも彼女にとって初のCDTOP10入りとなった。リアルなエピソードと相まって、後半のストリングスの洪水は、全国のお祖母ちゃん子には感涙必至である意味ズルすぎる(笑)。
ここで、上位3曲に共通した特徴がある。それは、いずれも幅広い世代に歌詞の物語性が伝わっていることだ。これは、漢字アーティスト名というイメージから、真摯なメッセージ性がより伝わりやすかったのではと、私は推察する。なぜならば、高年層からすれば、カナや英語表記ではなく、漢字フルネームのアーティストならば、自分の世代にも通じる楽曲と思って「聞いてみようかな」という気になりやすいからだ。具体的に想像してみると、3位の植村花菜が、“植村カナ”というアーティスト名で「トイレの神様」を歌っていたら、それは“若い子の間で都市伝説となっているホラーソング”のようだし、“Kana Respects Grandma”ならば、レゲエミュージックのようで、漢字アーティストでなければここまで広がったとは思えない。実際に、4位の奥華子、9位の清水翔太が、意外と年輩の方までファンが広がっているのは、親しみやすいメロディーや声もさることながら、漢字フルネームでデビューしているという点も覚えやすく、拒否反応がなかったことも大きいのではないだろうか。
この不安定な時代の中で長く生き残れるのは、確かな個性を持ち、ゆるがないメッセージ性を放ち続けるアーティストだろう。そんな中で、漢字フルネームのアーティストは、その字面から、時代遅れだと誤解される可能性もある一方で、字面が個性的な分、大量にデビューするアーティストの中でひときわ凛として輝いているようにも見える。その意味で、今年中には、漢字フルネームのアーティストが、とりわけ市場が冷えている女性ソロから、世代を超えて人気のアーティストが出現するのではないだろうか。