第85回 松任谷由実「DESTINY」
photo_01です。 1979年12月1日発売
 「ひこうき雲」や「やさしさに包まれたなら」は、もちろんユーミンを代表する名曲だが、どちらかというと静かだったり穏やかだったりする曲調だ。他にも彼女には様々なスタイルがあり、今月はそのなかから、ロックっぼくてイケイケな「DESTINY」を取り上げたい。

“♪チャ~ラッチャ~”というイントロが鳴った途端、ライブ会場はかつてのディスコに様変わりして、ファンが踊りまくる光景でもお馴染みだ。フックの効いたアイデア一杯のアレンジなので、誰でも体を動かしやすい。

そんな元気な曲調だけど(いや、だからこそ…)、聴いたあと、一方通行だった恋愛のホロ苦さがじわーんと伝わる。ではさっそく、アナタがこの文章を読み始めたのもなにかの運命(=DESTINY)だと思って、最後までお付き合いください。

J-POP史上、最大のオチ(「安いサンダル事件」)がキマってる

 この歌には“彼”が乗る2台の車が登場する。[ホコリだらけの車](1番)と[緑のクウペ](2番)である。1番で主人公は、車のホディに[True love my true love]とメッセージを書く。この恋が、真実だと伝えようとする。しかし相手は気にも留めず、別の彼女のもとへと走り去る。

この英語詞の部分だが、メロディにやや強引にねじ込んでる感じになっている。一般にJ-POPのメロディは英米ポップス由来なので、譜割り的には英語のほうが乗りやすかったりもする。しかしユーミンは、英語の部分を敢えて窮屈そうにさせることで、他の日本語の部分をノビノビ聴かせるテクニックを駆使している。

冷たい態度の“彼”に対して、主人公は一大決心する。[みかえす]ことにする。その後の人生の指針となり、いつ、どこで彼に会ってもいいように[着かざって]、自分に冷たくしたことを後悔させてやろうと試みる。

時は過ぎ、その“彼”と、街でたまたま遭遇する。時間的には数年後くらいの設定だろうか? 相手の車はぴかぴかの[緑のクウペ]に変わっていた。でも、[みかえす]ためにずっと努力してきたのに、なぜかその日に限って、主人公は[安いサンダルをはいてた]のだった! あっちゃ~、である。

ちなみに“安いサンダル”とは、いわゆる“つっかけ”のことだろう。さすがにその恰好で銀座とかには行かないだろうから、遭遇場所は、比較的地元に近い駅前付近などではなかろうか。この一件により、主人公はこの恋が、そもそも報われるものではなかったことを悟る。

この歌で、ユーミンが伝えたかったことは何だろう?

 歌には描かれていないが、このあと、主人公はどうしたのだろうか。みなさんも気になるハズだ。

①高いサンダルを買った。
②しばらく落ち込んで寝込んだ。
③この経験により、成長した。

おそらく正解は③である。ユーミンが本当に言いたかったことは、自分を磨きなさい、ということかもしれない。それまで主人公が[着かざって]過した日々は、「安いサンダル事件」により水の泡となったのかというと、けしてそうではない。自分を磨いた経験は、その後の人生においても、糧となったはずだ。

「今日わかった」といいつつも、“明日をも知れぬ”のが人生だ。

 歌詞のなかで、ユーミンが意識的に使っているコトバがある。サビに出てくる「今日わかった」である。キッパリと歌い切っている。しかし結局、それは主人公の、その後の結論ではない。この歌のタイトルは「DESTINY」であり、つまりは運命。人生における不可抗力について歌っているのだから。「今日わかった」といいつつ、それは永遠の模範解答ではなくて、実はこのコトバ、反語的でもある。それを敢えて、“大見得を切るかのようなメロディ”に乗せて歌っているのが、ユーミンの非凡なところなのである。

なお、この歌は“彼”と主人公の恋愛が、どの程度のものだったのかにより、聴き心地も違ってくる。もはや抜き差しならぬ関係なら、三角関係のドロドロだし、単に主人公がプラトニックに近い感情を抱いてただけなら、この女性にはちょっと、独りよがりなとこもある。でも、聴くヒトによって様々に受け取れて、しかしどんなヒトにとっても鮮やかなストーリーを提供してくれるのが優秀なポップスの条件だ。

ユーミンには、他にも紹介したい曲が、あと47曲くらいあるので、また機会があったら、ぜひ!
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

最近、コード進行や音楽理論の本などを繙き、自分なりの勉強を始めている。今更ながら、という気もするが、ついつい歌詞コラムなどやっていると、コトバ偏重になりがちなので、これは大切なことなのだ。複数冊を並行して読んでいる。もちろん内容は重複しまくるが、同じコトでも様々な表現で説明されたほうが頭に入りやすい。カノン進行はJ-POPに頻繁にみられるが、いきなり名曲風に辿り着けるものの、あとが続かず一発屋になる危険性がある…、なんていう興味深いお話も。それにしても偉大なのは小室哲哉だろう。世の中には[小室進行]というコトバも定着している。そんな彼も、最初は“キミのコード進行は理論的には間違いだ”と、違和感とともに迎えられたことだろう。つまり真のオリジナリティとは、それを苦にせず突き進み、やがて周囲を説得し、親しみに変えられた時にこそ生まれるものなのだろう。