第172回 ゴダイゴ
 後の世代が過去の音楽を振り返るとき、一世を風靡したものより、むしろ時代の先を行き過ぎていたものを珍重したがるのはなぜだろう。前者はすでにその時代に発見され、語られ、消費されているが、後者には自分たちが掘り起こす余地が残されているからかもしれない。

ところがゴダイゴは、その両方なのだ。時代の先を走りながら、一世を風靡するほどのヒット曲を連発した。先進性と大衆性、洋楽的な音楽感覚と日本語の歌、バンドとしての高い演奏力と誰もが口ずさめるメロディ。こうなるともう無敵だろう。というわけで、今月はデビュー50周年を迎え、現在も精力的に活動を続けるゴダイゴを取り上げる。

ジャケット画像1 1978年10月1日発売
街の風景を変えた名作「ガンダーラ」
 ヒット曲というのは、ヒットしてしまうと街じゅうから聞こえてくる。レコードを買わなくても、ラジオをつけなくても、喫茶店に入れば流れているし、商店街を歩いていても耳に入ってくる。どんなに魅力のある曲でも、こちらが望んでいないときにまで聞かされれば、いささか耳障りになることもある。

そこで思い出してみる。あの頃の「ガンダーラ」はどうだっただろう。

不思議なことに、いつ、どこから流れてきても、僕はこの曲を嫌だと思った記憶がない。

それはたぶん、曲そのものに、一種のトランキライザーとしての効能があったからだ。ゆったりとした曲調と、力で押してこないタケカワユキヒデの歌声。けれど「ガンダーラ」は、ただ心を鎮めるだけの歌でもなかった。耳を傾けているうちに、意識をすっと「ここではないどこか」へ連れ出してくれる。鎮静と憧憬が、ひとつの曲のなかで同時に働いていた。

英語詞を先に書いた奈良橋陽子を「ガンダーラ」という理想郷を見つけた人とするなら、日本語詞の山上路夫は、そこへ聴き手を連れていく道筋を作った人とも紹介できそうだ。とりわけ歌い出しがいい。[そこに行けば]という言葉から始まり、誰もが行きたい遥かな世界へと想いを誘っていく。

いきなり理想郷の正体を明かさず、どこかにそんな場所があるらしい、というところから始まる。こちらとしても、「そんなところが本当にあるのだろうか…」と考える。そしてサビに来て、ようやくその場所には「ガンダーラ」という名前があることを知るのだった。

だからなのだろうか。「ガンダーラ」と口にするだけで、少し遠くへ行ける気がする。あれほど街にあふれていたのに、押しつけがましさは一切なかった。押しかけてくる感じがしなかった。でも、聴こえてきた瞬間、その場所を別の景色へと変えたのだ。

ジャケット画像1 1978年12月25日発売
英語だと意識せずに楽しんでた「モンキー・マジック」
 実は今回、すっかり忘れていた事実に気づいた。「モンキー・マジック」は全編英語の歌だったのである。何を寝ぼけたことを言っているのか、と言われそうだ。もちろん、いま聴けば英語であることくらいすぐにわかる。ところが思い返してみると、あの曲が街やテレビから盛んに流れていた当時、僕はそれをほとんど意識していなかった。

歌い出しだってそうだ。“♪ボーンフロムアンエッグオンナマウンテントップ”。意味を取るより先に、そんなひとかたまりの音として耳に入っていった。英語というより、何やらノリのいい符牒か呪文のようなものだったのだ。

考えてみれば、これはすごいことではないか。

1978年、日本のテレビドラマ『西遊記』は大人気だった。番組が始まると、ファンキーなリズムに乗った英語の歌が毎回流れてくる。それを子どもも含め、身構えもなく受け入れていた。意味がわからないことが障壁になるどころか、英語そのものがリズムになり、タケカワユキヒデの声が楽器になっていた。

一時期、日本でも大人気だったアース・ウインド&ファイアーなどを聴いていても思うのだが、キレのいいファンキーな音楽には、聴く者を一瞬だけ重力から解放するような力がある。「モンキー・マジック」にもそれがある。

「ガンダーラ」がトランキライザーなら、こちらはカンフル剤だ。イントロが鳴った瞬間、身体が日常から数センチ浮き上がる。この正反対の二曲が、同じ『西遊記』から生まれ、ほぼ同じ時期に日本中から聞こえていたというのも、いま考えるとなかなか贅沢な時期だった。

ジャケット画像1 1979年7月1日発売
ゴダイゴにはまだまだ紹介したい曲がある。「銀河鉄道999」もそうだ。イントロが鳴った途端、列車は時空を超え走り出している。もちろん銀河鉄道の物語を背負った歌だが、そこを離れて聴いても、何かを振り切り前へ進んでいく感じがある。その気持ちが減衰することなくずっと続いていく。







ジャケット画像1 1979年4月1日発売
そういえば「ビューティフル・ネーム」もかけがえのない歌だった。世界中の子どもたちには、それぞれ名前がある。そのことを歌いつつ、でも実に大きなテーマへと届いていた。日本語と英語を自然に行き来しつつ、子どもたちの声まで入ってくる。メッセージ・ソングといえばそうだろうが、何かを押し付けられている感じがしない。歌っているうち、いつの間にかその歌の中に「参加している」ような感覚になれる。それこそが、得難いものなのだ。

こうして聴いていると、ゴダイゴというバンドは、曲ごとにずいぶん幅広いことをやっていたのだなと思う。「ガンダーラ」と「モンキー・マジック」だけでも、片やトランキライザー、片やカンフル剤である。そのうえ「銀河鉄道999」の疾走感があり、「ビューティフル・ネーム」の大らかさがある。それなのに、どれを聴いてもゴダイゴなのである。

そして今回、あらためて面白かったのは、「モンキー・マジック」が英語の歌だったことを、当時ほとんど意識していなかったという自分自身の記憶だ。「ビューティフル・ネーム」だって日本語と英語を平気で行き来する。彼らにとって英語は、最初から音楽の中に住んでいたのかもしれない。

もし、あの時代にYouTubeがあったら、ゴダイゴはどこまで行ったのだろう。「モンキー・マジック」なんて、いま突然世界のどこかでバズっても、それほど驚かない気がする。そう考えると、50年近く前の音楽について書いている感じが、だんだんしなくなってくるのである。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

先日、実に久しぶりに東急の代官山駅を利用した。界隈にはとってもセンスのいいお店とかがある都内でも人気の場所だ。しかしこの駅自体は幅が狭いしカーブしてるし前方は一部屋根がないし、まるで秘境のような雰囲気が漂うのだった(笑)。しかも当日の帰りは夕方で、通過電車がとても多く、なんかそのうち心細くなっていったのだった。