第128回 wacci「恋だろ」
photo_01です。 2022年4月15日発売
 さて今月はwacciである。書きたいことが沢山あるので、さっそく始めよう。まずは根強い人気のこの作品、「恋だろ」。

なにやらアーティスト側から問いかけられてるような楽曲タイトルである。ちなみにこの作品、ざっくりと分類するなら「片思いソング」である。

歌詞の冒頭に、[僕]は[この世界で第何位]で[君]は[第何位]という表現が出てくる。具体的な数字は示されないものの、明らかに[君]の方が上位であることが察せられる。

こうした格付け意識のようなものは、昨今の若者の、例えばスクールカースト的環境とも無関係ではなさそうだが、かつての言い方に変換するなら、相手は[高値の花]ということである(back numberに「高嶺の花子さん」という、僕の好きな作品があることを思い出した)。

“高嶺”ではなく“第何位”となっているのは、今日的な表現へと変換されているからだろう。今の時代に響くポップ・ソングを書くべく、歌の作者・橋口洋平が、こだわった部分かもしれない。

歌のタイトルへ繋がる自問自答

 さらに聴き進むと、タイトルの「恋だろ」に関連する重要な表現に出くわす。そんな“格差”も承知のうえで自分に[芽生えてくれた]もの(気持ち)を、[認めてあげなくちゃ]と切り返す部分だ。

“あげなくちゃ”は“自問”である。心のなかで、主人公は何度も自分に言い聞かすのだろう。そして導き出した答が、すなわち楽曲タイトルである。[芽生えてくれた]ものの正体…、それは「恋だろ」。これこそが、自分に言い聞かす答なのだった。

僕は冒頭で、「なにやらアーティスト側から問いかけられているような楽曲タイトル」と書いたけど、間違いだったことが判明する。実際はこうだ。これは“自答”の結果だったのである。

孔雀の羽根の代わりとなる豊富な語彙

 改めて言うが、この作品は「片思いソング」であり、歌の主人公は、好きになってしまった相手を、なんとか振り向かせようとする。孔雀の牡が、綺麗な羽根を広げ、雌への求愛行動するがごとく、奮闘する。

孔雀の場合は羽根だが、これはポップ・ソングなので、羽根の代わりになるのが巧みな語彙力だ。

かつてのラブ・ソングも、もちろん大いに羽根を拡げていた。恋は無限の力を与え、翼すらも与え、愛する人のもとへ、飛んで行けたりした。自然現象すらも操り、相手を喜ばせるため、空に虹を架けてしまったりもしていたわけだ。

そのあたり、つまり、恋が授けた無限の力を、この歌ではどう表現しているのだろう。恋が与える力、それがあってこそ乗り越えられる事柄については、実に具体的に書かれている。

[性別も年齢も]。こんな印象的な二項目に続けて、“家柄”“国籍”“外見”“年収”と、どんどん出てくる。ただし、冒頭の“性別”に関しては、確かに愛は、そこも越えていくのだが、今回こだわると、歌の意味が広範囲になり過ぎるので、僕としては、最後に登場する言葉に着眼した。

[性別も年齢も]で始まったこの部分の歌詞は、最後に[過去も何もかも全部]と締めくくられている。一番重要なのは、そこかもしれない。ずらずらと並べられた要素は、これが言いたいがための前フリとも解釈出来る。あくまで、個人的な見立てだが…。

「恋だろ」には、ほかにも工夫された表現は多数ある。[なんとかって服]というのは、まだまだ未知数の部分があることへの素直に告白だし、[こんな時だけ]と断りつつ神様を頼ってみせたりする調子の良さも、なんか妙にリアルだ。

[素敵な残酷さ]とか[抗うでもなく自然に]みたいなヒネリの効いた表現も、歌のなかで自然に機能している。

エンディングにおける自己肯定

 さて、これは片思いでも両思いでも何でも総てのラブ・ソングに言えることだが、結局、一番伝えたいこと、言いたいこと、歌いたいことは、どんな作品でも「君が好き」っていうたったの一行だ。手垢がつきまくったこのコトバを、どうピカピカにするかが勝負だ。

「恋だろ」も、いよいよエンディングとなっていき、最後の最後に、避けて通れない上記の関門へと差しかかる。作者・橋口洋平は、「君が好き」という感情を、さてどのような創意工夫のもと、伝えているのだろうか。

[誰に断るでもなく]。[勝手に]。この言葉が並んでいるところをみると、己を奮い立たせているようだ。そして、誰に断るわけでもなく勝手に抱く想いこそが、今日も明日も[ただ君が好き]ということなのだ。頭に“ただ”がついている。これ、何気ないけど、ひときわ胸に刺さってくる表現だ。

そしていよいよ、本当のエンディング。最後の最後は[それでいいのが恋だろ]と締めている。楽曲タイトルが登場している。

もしかしたら、ラストの一行を最初に書いて、逆算したのがこの歌かもしれない…なんて想像もかき立てるくらいだ。歌の余韻もすこぶる良い。

「感情」という歌もステキです

 今回、この原稿を書くにあたり、wacciの歌ネットにおける注目曲や彼らのキャリアの主な楽曲を聴いてみたが、全体的に歌詞のレベルは高かった。で、そのなかでも僕が気に入った楽曲を、最後に紹介したい。「感情」である。こちらは「恋だろ」より相手と上手くいったっぽい内容の歌だ。

歌詞の最初に[喜怒哀楽]という言葉が出てくる。そのあと、この四つではすくい取れない、中間に存在する大切なものへと向かっていく。例えば“喜”と“怒”だったら、ふたつをグラデーションでつなぐ微妙な想いがたくさんある。それをキャッチしようとする歌だ。

[愛情][ご愛嬌]、[感動][爆笑]のような、歌を前進させていく柔らかな韻も効いている。結論としてこの歌は、コトバの奥にある、コトバでは表せない想いを、とはいえ歌詞なんだから、どうコトバで表すかの挑戦であることが魅力なんだと思う。[ぴったりじゃないね相性][だから支えあえる]なんてフレーズには、思わずジーンとしてしまった。

そもそも「感情」なんてタイトルは、おいそれとつけられるものではない。そういう歌があったとしても、「大げさなだなぁ」で終わるのが関の山だ。でもこの歌は、このタイトルで正しいのだと納得できるところがある。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
近況報告 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

まだ言えないのだが今年の大きな目標もきまり、張り切っている日々である。ただ執筆業の場合、張り切るといってもいつも以上に冷静でなくてはならない部分も多い。そして突然話題はかわるけど渋谷である。久しぶりに行ったら、明らかに便利になっていた。過去にしがみつくと迷子になるが、新たな施設に興味をもてば、おのずと動線も拓けていく。