匂ってないのに匂う、みたいなことないですか?

―― EPの入り口となるのは、第六感を表現した「Water」です。菅田さんの歌詞で、“水”は五感すべてを使えるものなのだと気づかされました。

演劇でも水で何かを表現することが多いから、あまり深く考えることなくパッと出てきた歌詞です。これを言うと恥ずかしいけれど、この曲の制作は本当に時間がなくて(笑)。あと2日しかレコーディングができない、というタイミングで、「<こえて とどけ ひらけ まわれ>の後ろに言葉を入れたい」と言われて。それで僕がアドリブで当てたのが<radio:>以降のフレーズで。結果的に「Water」というタイトルになったんです。

―― <俺の名は ☆☆☆☆☆>でいろんな声が重なって、宇宙語っぽく聴こえるのも印象的で。どこかこの世のようでこの世じゃないような<五感の旅>に連れて行ってもらえるワクワク感が高まりますね。

そうですよね。ここはメンバーがそれぞれの名前を名乗っていて。すると、うにゃうにゃうにゃって気持ち悪い宇宙語みたいな感じになりました。あと、水のなかの言葉感というか胎児感を出したかったのもあります。ただ、ライブではどう表現しようと思っています(笑)。この曲はプロローグのような役割になればいいなと。2026年宇宙の旅スタート、というような。

―― ちなみに菅田さんは、五感だとどこがいちばん鋭いと思いますか?

どこなんでしょうね…。最近は目も悪くなってきたんです。でも、嗅覚かな。今作でいうと5曲目の「骸骨は踊る」の歌詞がいちばん書きやすかったですし。別にすごく鼻が利くわけではないんですけど、僕、鼻が弱いんです。毎晩、寝る前に鼻のなかに軟膏を塗らないと、乾燥で朝、鼻血が出てしまうくらい。つまり敏感とも言えるのかな。そういう面が通じている気がします。あと、単純に“匂い”というものが好きです。

―― 「骸骨は踊る」では<最期の記憶はタイヤの焦げた匂い>や<部屋中がピザの匂い>という表現が非常に生々しく。死後の世界が描かれているなか、逆に“生”が際立ちますね。

そうそう、人間の記憶にいちばん最後まで残っているのが匂いとも言いますよね。五感のなかで嗅覚が最もヒリヒリするし、情報量も多い気がします。身に覚えがある匂いを嗅いだとき、ワーッと心に溢れてくるというか。あと、匂ってないのに匂う、みたいなことないですか?

―― 匂ってないのに匂う。どんな感覚でしょう。

幻聴にも似ているかもしれません。なんとなく“この街の匂い”みたいなものを感じることがあるんです。「あのひと胡散臭そうだな」とか、「この橋を渡るのは危ない匂いがするな」とか、匂いが直感に働きかけるような例えってあるじゃないですか。そういう直感を内包した感覚なんだと思います。そして、「骸骨は踊る」の<骸骨>は本来、五感なんてないはずだから、生きていたときの記憶をループするしかないような状態を書きました。

―― この曲はどのように生まれた楽曲ですか?

まず、死後の世界を1曲は入れたいというところからスタートしました。サウンド面でいうと、ダブを使うようなレゲエっぽいもの、フィッシュマンズっぽいもの、浮遊感のあるダラッとして気持ちのいいものが欲しいなと。あと、制作期間に読んでいた本があって。そのなかに歌詞にも書いた<快楽の園>という絵があるんです。その絵を見つつ、「五感がテーマなら、本来は感覚がない奴も描かなきゃな」と思い、こういう歌詞になりました。

―― この主人公は優しいなと思いました。「君が来るまで寂しくないように」ではなく、<君が来ても寂しくないように>と、亡くなっても他者のことを思いやっているというか。

ああー、でもどうなんだろう。この曲を書くとき、なんとなく死後の自分を<骸骨>と想定したんですけど、死んだら「寂しい」とかもないような気もしたんです。さらに、見ることも聞くこともできない。味覚もない。だから、とりあえず踊るしかないんだろうなって。そのなかで、もしかしたら“匂ってないのに匂う”みたいなことがあるのかもしれないなと。

―― 「骸骨は踊る」もそうですが、2曲目「Sensation Season」も3曲目「universe」も6曲目「幸せは悪魔のように」も、どこか“さよなら”が漂っている気がしますね。

たしかに。ああ、本当ですね。言われるまで気づかなかったですが、ずっと何か“終わり”や“別れ”を鏡に歌っている感じがします。自分の死生観的にも、常に死というものを意識しながら、生きているところがあるのかもしれない。

―― また、あまり肉体に対する執着もないように思いました。たとえば、「Sensation Season」の<もう 身体を捨てて確かめ合おうよ>、「universe」の<抱擁するなら 形あるものだと ちくり>、「幸せは悪魔のように」の<瞳なんか捨てちまえ>、というフレーズなどから。骸骨もまた血肉はありませんし。

おおー、これも今、発見しました。自分のことなのに、ひとと喋っているなかで初めて気づくことって多いですね。でも、職業的に腑に落ちるところがあります。僕ら役者は自分の体を捨てやすいんです。だから“形あるもの”を超えたくなるのだと思います。魂や感覚みたいなものにより惹かれるというか。体が資本であり、超肉体労働だからこそ、逆にあまり自分の体という意識がない。自分の体という意識ってあります?

―― 改めて問われると考えてしまいますが…、あると思います。

よく演劇のワークショップで、「10秒かけて手を開いて閉じる。次に1分かけて手を開いて閉じる」みたいなレッスンがあるんですけど、これがかなり難しいんです。意外と制御できない。自分の体だと思えば思うほどよくわからなくなってくる。さらにそこに役が乗ると、自分の意志ではなく記憶もなく、変な動きをしていたりしますから。もはやオカルトですよね。役が変わると体が変わる感覚があるし。意識して変える、とも言えますし。

―― なるほど。菅田将暉という一人間の体だけではいられない。

はい。自分の体に執着していられないというところはあります。だからこそ、役者業と音楽業を並行する上で葛藤も生じまして。今作のレコーディング中、僕は武士の役をやっていたので、声帯も武士だったんです(笑)。よくもわるくも、ドスが利いているというか、生の力がありすぎた。そこが曲といい感じの化学反応を起こして、届くことを祈っていますが…。レコーディングの直前に何の役をやっていたかはかなり大事だと思います。

―― メンタル面よりもフィジカル面の影響のほうが大きいんですね。

心を変えるためにも、まず体を変えていかなければならないので、その影響はかなりあります。役者業と音楽業を両立されている、福山雅治さんや星野源さんにも「どうしていますか?」とお伺いしたことがあるんですけど、やはり役者モードと音楽モードは分けているとおっしゃっていて。やはり大事なことなんだろうなと。最近は僕も、ライブ期間は、体を完全に音楽モードにしておくよう気をつけています。

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