上海の街角で

リラの花散るキャバレーで逢うて
今宵別れる街の角
紅の月さえ瞼ににじむ
夢の四馬路が懐かしや

「おい、もう泣くなよ。
あれをごらん、ほんのりと
紅の月が出てるじゃないか。
何もかもあの晩の通りだ。
去年初めて君に逢ったのも、
ちょうどリラの花咲くころ、
今年別れるのも、またリラの花散る晩だ。
そして場所は、
やっぱりこの四馬路だったなア
あれから一年、
激しい戦火をあびたが、
今は日本軍の手で愉しい平和がやって来た。
ホラ、お聞き、ネ、
昔ながらのシナ音楽も聞こえるじゃないか。」

泣いて歩いちゃ人眼について
男、船乗りゃ気がひける
せめて昨日の純情のままで
涙かくして別れよか

「君は故郷へ帰って
たった一人のお母さんと大事に暮したまえ。
ぼくも明日から
やくざな上海往来をやめて、
新しい北支の天地へ行く。
そこにはぼくの仕事が待っていてくれるんだ。
ねエ、それがお互いの幸福だ。
さア少しばかりだがこれを船賃のたしにして、
日本へ帰ってくれ、やがて十時だなァ。
汽船も出るから、
せめて埠頭まで送って行こう。」

君を愛していりゃこそ僕は
出世しなけりゃ恥しい
棄てる気じゃない別れてしばし
故郷で待てよと云うことさ
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