2023年5月31日に“山村響”がニューシングル「Kawaii♡Dragon」をリリースしました。完全セルフプロデュースの最新作。歌詞に込められているのは国民食・ラーメンへの愛。透明感とパワフルさを併せ持った歌と、キャッチーなメロディラインがクセになり何度でもリピートして聴きたくなる1曲となっております。
さて、今日のうたコラムでは、そんな最新作を放った“山村響”による歌詞エッセイをお届け。綴っていただいたのは、新曲「Kawaii♡Dragon」にまつわるお話。深夜に部屋を飛び出し、最高で最悪の突破口を開いた先に待っていたものは…。ぜひ歌詞と併せて、エッセイをお楽しみください!
「もう我慢ならない、私はいく。」
深夜0時を過ぎて間も無く、静かに決意を燃やし、ノーメイクにボサついた髪、部屋着のTシャツにパーカーを引っ掛けて部屋を飛び出した。
スニーカーなんて大層なものは履かない。近所のカカクやすくクラシをおいしく支えてくれるスーパーで買ったクロッ○スのようなものが、しっかりと私の素足を包み込んでくれる。
気遣い症の母に似て、社会に出てからはありとあらゆる面で気を遣いすぎて生きてきた。そう言ってしまえば耳障りは良いが、実際にその気遣い“だと思っているもの”が功を奏すことはそうそう無い。
良かれと思って発する言葉や浮かぶ思考が、実のところは自分本位でしかなく、その先に何かを期待しては撃沈し、立ちはだかった自分の浅ましさに目眩がして疲れ切ってしまう。
小さな頃から、随分と自分に期待と過信をして生きてきた。
ちょっと養成所に通えばすぐに声優になれると思っていたし、アニメの主役をバンバンこなして、主題歌なんか歌っちゃったりして。そんな夢想がただの妄想だということに気がつくのにかなりの月日を要した。簡単になれる職でもなければ、主役をバンバンなんて夢のまた夢。主題歌なんて夢の夢の夢の…言葉にするのも虚しい。
それでもまた自分に期待をしては、撃沈して心をベコベコにのされてしまうのだ。
なんとかかんとか仕事を繋ぐ。食べて、寝て、起きて、働く。
上京15年目の冬は、夢に見ていたような、違うような、ちょっとだけほろ苦い日々だ。
とにかく何か悪いことをしてやりたかった。
とっくに「フレッシュな若手!」とは口が裂けても言えない世代へ突入している。そんな自分を律し、たるんできた体に鞭を打って、金色の炭酸も、茶色い塊も、光り輝く真白の粒さえ口に入れることを抑えていた。
全てはより良い自分になるために。それだけを心に掲げてなんとか走ってきたが、それが一体何になるというのか。
気を遣って、自分に期待をしてベコベコに疲れ切って。たかが数日数週間好物を控えたところで何が変わるものか。人生そんなに甘くない。もう我慢ならない、私はいく!
心の中で何かがプツリと切れる音がした。
私は私を押さえつけていたのだ。
それに気づけた今、私は、いい子ちゃんぶってた私自身に、最高で最悪の突破口を開いてやることに決めた。
カカクやすくクラシをおいしく支えてくれるクロッ○スもどきが足取り軽やかに、赤々と照らされた店内へと私を導いてゆく。
見慣れたボタンの並び。半年ぶりに会えた遠距離恋愛の恋人のよう。するりと落ちてきた紙切れはさながら今から繰り広げられるアバンチュール行きのチケットである。
腰を掛け、テーブルの水をグラスに注ぐ。カラカラと氷が音を立て、冷たい感触が喉元を通り過ぎ、火照った心を冷ましてくれる。
ついにその時は来た。
運ばれてきた希望。光り輝く黄金色の海。その中を泳ぐあらゆる具材たちが、早くそちらへ連れて行ってくれと言わんばかりに見上げていた。
私はついにやるのだ。
ずるり、と一口目を啜った瞬間、目の前は真っ白になった。
何もかもが無に帰した空間。口の中の感覚だけをひたすらに、余すところなく感じきる。
気づけば瞼は固く閉じられていた。脳内に絶対的な旨味の波が押し寄せてきて、危うくその波に飲まれてしまいそうになり慌てて瞼を開く。
やってやった。
自分を高めるためのメソッドよりも何よりも、達成感と確かな満足感があるのは何故なのだろう。この感覚こそが、私が今この世界に生きている意味なのではないかとさえ感じる。得も言われぬ多幸感に身体を震わせながら、ひたすらに黄金色の海へと航海を進めた。
やりたいことをやりたいようにやる。生きとし生けるものが本来当たり前にしてもいいことを、いつの間にか自分で縛り付けていたように思う。世間体や年齢を理由に諦めたことが、こうでなければと決めつけていたことが、あまりにも増えすぎていた。
だけど、断じてそうではないのだ。
より良い自分になんてならなくていい。私は今が「完璧」だ。
最後の一口と共に、そんな思考が自分の身体へと染み渡っていった。
啜りの嵐を乗り越えた黄金色の海は、その小さな円の中で穏やかに凪いでいた。
ふと、器の淵に描かれた模様に目が止まる。
そこには一匹の龍が、脂の紫吹きに身体をくねらせながら悠々と泳いでいた。見よと言わんばかりに自信たっぷりな顔つきで、どこか愛嬌があって憎めない。
その姿に思わず笑みがあふれ、「可愛い…」という言葉が口をついて出ていた。
ハッと我にかえる。
「可愛い龍…龍…ドラゴン……カワイイ、ドラゴン…!」
脳内でパズルが組み上がっていく。
今となっては耳にこびりつくほど歌ったあのメロディーが、気づけば口からこぼれ出ていた。
新しいものを生み出せる予感をはらんだ幸福感がじわじわと押し寄せる。
器の淵を泳ぐ龍は、ほれ見たことかと悪戯に笑っているように見えた。
深夜1時過ぎの闇。
家を出た時とは明らかに違う軽やかさで帰路に着く。
もうカカクやすくクラシをおいしく支えてくれる某に導いてもらうような私ではない。
自分の足で、行きたいところへ、どこへだってなんだってやれる私になったのだ。
最高で最悪の突破口を抜けた先に待っていたのは、とんこつの大海原を泳ぎ飛び回るかわいいドラゴンとのアバンチュールであった。
<山村響>
2023年5月31日発売
https://ssm.lnk.to/KawaiiDragon
◆『Bitter Sweet EP』
2023年9月6日発売
https://ssm.lnk.to/KawaiiDragon
◆『Bitter Sweet EP』
2023年9月6日発売
<収録曲>
1.Kawaii♡Dragon
2.ルーズソックス
3.クローゼット・ミュージック feat. 朝日奈丸佳
4.Maybe Happy Lucky 人生
5.Bitter Sweet Drops
DIGITAL :https://ssm.lnk.to/BSE
◆ワンマン・ライブ情報
山村 響 LIVE 2023 ~Bitter Sweet Night~
会場:代官山 SPACE ODD(https://spaceodd.jp)
公演日:2023年10月15日(日)
OPEN/START:17:00開場 18:00開演
チケット:前売 5,200円(整理番号付・1D別)
※オールスタンディング
出演:山村 響(Vo)/幡宮航太(Key)/山﨑浩二朗(Dr)/安島龍人(Gt)
ゲスト:朝日奈丸佳
▼チケット発売中