さて、今日のうたコラムでは、そんな“ちゃんMARI”本人が執筆した、初の歌詞エッセイをお届け!綴っていただいたのは、EP『JAPANESE ONNA』の世界観に通ずるような、それぞれの“幸せ”についてのお話…。是非、アルバムと併せてご熟読ください。
~歌詞エッセイ:「幸せを集めて歩く」~
その男女は電車の中に立っていた。女性はやや光沢のある柔らかい素材のワンピースを着ている。色がとても綺麗だ。男性は一見シンプルな装いだが、靴下の色がとても綺麗だ。このカップル、一言で言うとあれだ。
オシャレだ。
このふたり、なんとワンピースと靴下の色を合わせに来ている。世の中にはこんな高度なペアルックのやり方があるというのか。私は驚愕した。
件の2人が電車を降りてからも、私はしばらく考えていた。彼らは普段どんなオシャレな生活をしているのだろうか。馴染みのロースタリーでコーヒー豆を買い、お気に入りの古着屋で買い物を楽しみ、小さめのギャラリーでアートを鑑賞する。或いはフイルムカメラで写真を撮ったりする。家に帰れば、聞き慣れない名前の料理を作りながらいい感じのワインを飲み、Netflixで海外ドラマを楽しむのであろうか。
私は想像していた。充実したカルチャーの先に、幸せがあると信じて疑わずに。
新宿西口の巨大ビル群を横目に、ホッピーの中身を注文する黒いシャツの太った男がいた。彼は毎日この飲み屋に来ては決まってホッピーを注文する。
「あんさん、よく飽きないねえ」
店主が柔やかに笑う。
「当たり前だ、今日は嫌なことがあったからな。こうして飲まずにはいられねぇんだ」
いつもそうして1人でくだを巻いている男だが、今日は珍しくそうではなかった。
「大将、何か食わせてやってくれねぇか」
見ると、巨大な体の後ろに隠れて小さな女の子がいるではないか。店主は唐揚げ、卵焼き、タコさんウィンナーなど、子供が好きそうなものを思いつく限り作って出した。年端もいかない女の子だが、それなりの量を食べる。
それから太った男と小さな女の子は2人で毎日店に訪れるようになった。
「大将、ホッピーとオレンジジュース」
「はいよ」
思い返してみれば、この女の子と男の関係性がとても謎だ。親子と言われればそうかもしれないし、違うと言われればそのようにも思える。だが、一見異質な2人が仲良く食事をしている姿は微笑ましい。
「おじちゃん、タコさんウィンナーたべたい」
「ごめんなぁ、今日は切らしちまったんだよ。また明日仕入れとくよ」
ある時から、2人はぱったりと店へ姿をあらわさなくなった。店主は少しだけ残念な気持ちであったが、直感でこう思った。あぁ、きっと彼らは今幸せだろう、と。
住宅街の一角に、髭の長いお爺さんが住んでいる。何年か前まではクリーニング店を営んでいたが、奥さんに先立たれてからしばらくして、お爺さんはお店を畳むことにした。
お爺さんはお店をやめてからも外へ出てきて、よく日向ぼっこをしている。相変わらず近所の人達と世間話をするのが好きだ。いつも、傍らにはお婆さんの写真がある。
今日はとてもいい天気だ。風が気持ちいい。お爺さんは軒先に植えてある胡瓜をそっともいだ。そして、黄色いその花をお婆さんの写真の近くに飾った。お爺さんはそっと目を閉じて少しの間眠った。お婆さんの夢を見たいと願いながら。
<FUKUSHIGE MARI(ちゃんMARI)>
◆FUKUSHIGE MARI solo EP『JAPANESE ONNA』
2019年10月18日(金)デジタルリリース
<収録曲>
1 沈丁花、低く
2 night dancer
3 スプーンの庭
4 CITY
5 DRUNK
6 風と彼は誰
7 yellow green