気付けばナイフ持って立ってた、僕の指先は震えてた。

正論は正論としてそれよりも
君の意見を聞かせて欲しい
(加藤千恵)


 こちらは、歌人・加藤千恵さんの短歌集『ハッピーアイスクリーム』の一首。今日のうたコラムでは、この短歌を受け取った上で、じっくり聴いていただきたい新曲をご紹介いたします。2019年8月28日に“クアイフ”がリリースしたミニアルバム『URAUE』に収録されている「いたいよ」です。この歌は、彼らが初めて“いじめ”をテーマにした楽曲。

気付けばナイフ持って立ってた
僕の指先は震えてた
悔しさと虚しさの狭間で
「やめなさい」「落ち着きなさい」とか
冷ややかに諭した先生
いつの間にか 僕が悪者?

痛いよ 痛いよ 痛いよ
仕返し 傷付けても
涙が胸に染みるよ
怖いよ 怖いよ 怖いよ
たくさんの視線の中で
誰一人 僕の孤独に気付かなかった
あの日
「いたいよ」/クアイフ


 まず、冒頭で描かれているのは<気付けばナイフ持って立ってた僕>の姿です。いじめられ続けて、悔しくて、虚しかったけれど、ただ我慢に我慢を重ねてきたであろう主人公。もしかしたら<ナイフ>は心のお守りとして、常に隠し持っていたのかもしれません。しかしついにある日、精神に限界が訪れ、理性より先に“身体”が動き出したのです。

 その<僕の指先は震えて>いて、本音をうまく言葉にするなんて、まだ怖くてできなかったはず。でも<ナイフ持って立ってた>胸の内にあったのは“変わりたい”という強い想い。そして、思い切って踏み出した一歩で、誰かひとりでも“変わってくれ”という切実な願い。ですが、無情にも、聞こえてきたのは「やめなさい」「落ち着きなさい」と冷ややかに諭す先生の声、目にしたのは傍観者たちの<たくさんの視線>だけでした。
 
 きっと<あの日>は<いつの間にか 僕が悪者>として扱われ、収拾されていったことでしょう。そんな<僕>のやり場のない想いが、サビでは<痛いよ 痛いよ 痛いよ>と叫びに変わって溢れ出します。孤独の痛み。無力な子どもである痛み。誰にもわかってもらえない痛み。自分を否定され続ける痛み。何かを変えようとしたからこその痛み。

隠されたノートに書かれた
みんなが嫌いな僕のところ
母が「可愛い」と撫でた頬のほくろ
まるで玄関先の家族写真
額縁ごと踏まれた気分
何かが弾け飛んだ音がしたよ

窓の向こうのひつじ雲
教科書通りの空 恨んで
僕は明日さえ見えないけど
あぁ 自分を信じてた
「いたいよ」/クアイフ


 さらに、いじめとは、誰かにとっての大事なひとを傷つけるもの。また、いじめられている本人は、自分を大事にしてくれているひとまで“自分のせい”で傷つけているような気持ちになるものなのだと、伝わってきます。つまり、誰かをいじめることは、そのひとの<玄関先の家族写真 額縁ごと>踏みつけるような行為と同じくらい残酷なのです。
 
 だからこそ<痛いよ>には、自分を大事に思ってくれるひとに対する<痛いよ>も含まれているのでしょう。ただし、何がどんなに痛くとも、明日さえ見えなくても、あの頃の<僕>は<自分を信じて>いました。自分を信じ続ける“痛み”を伴いながら<ナイフ持って立ってた>のです。生きているからこその“痛み”が確かにそこにはありました。

窓の向こうのひつじ雲
見慣れた無情な空 横目に
僕は大人になっていた
いつから変わっていた?

居たいよ 居たいよここに居たいよ
一人ぼっちは嫌だよ
それなら自分殺して
笑うよ 笑うよ 笑うよ
たくさんの傷を負った
あの日から 何を手にして何を失ってきた?
わからないよ
「いたいよ」/クアイフ

 さて、時は流れ、ここから歌詞には<大人になっていた>主人公が描かれてゆきます。あの頃の<痛いよ>が<居たいよ>に変わっているのがわかりますね。痛みを伴ってでも自分を信じたい。それがかつての想いでした。しかし今、そんな想いは<殺して>、意思なんて犠牲にして、無理にでも笑って、そして“みんなの中に居る”という生き方を<僕>は選んだのです。果たしてこれは、間違いなのでしょうか。正しいのでしょうか。

気づけばナイフ持って立ってた
彼の指先は震えてた
悔しさと虚しさの狭間で
「やめなさい」「落ち着きなさい」とか
冷ややかに諭すのは僕
少年がこっちを睨んでる
「いたいよ」/クアイフ

 歌の終盤。皮肉にも<僕>は今、あの頃<冷ややかに諭した先生>側の人間になっております。痛みは消えても<たくさんの傷>の痕は消えていないはずの心。だから<少年>の想いは痛いほど理解できるでしょう。でも、理解できるからこそ、現実が甘くなかったことを思い知ったからこそ、<冷ややかに諭す>しかないのではないでしょうか。それに<僕>はもう<一人ぼっちは嫌だ><ここに居たい>という想いが一番なのです。
 
 では、かつて<僕>を<冷ややかに諭した先生>はどうだったのでしょうか。さらに<たくさんの視線>のなかの一人はどうだったのでしょうか。彼らもまた<痛いよ>と<居たいよ>の狭間で揺れていたとも考えられるのかもしれません。では<僕>はどうすればよかったのでしょうか。何が正解なのでしょうか。みなさんはこの歌を聴いて、何を感じますか?『正論は正論としてそれよりも 君の意見を聞かせて欲しい』。

◆紹介曲「いたいよ
作詞:内田旭彦
作曲:内田旭彦

◆ミニ・アルバム『URAUE』
2019年8月28日発売
ESCL-5269 ¥2,315(税別)

<収録曲> 
1. 337km
2. いたいよ
3. Parasite
4. クレオパトラ
5. ハッピーエンドの迎え方
6. 桜通り
7. 自由大飛行
8. Viva la Carnival