その物語で自分が「クゥ~!」ってなるかどうか。

―― ここからはニューシングルについてお伺いしていきます。まずアニメーション映画『詩季織々』の主題歌として書き下ろされた「WALK(movie ver.)」ですが、この歌詞のAメロなんてとくに先ほどの「日常の中で本当に一瞬、悲しくなること、ツラくなること」が描かれているように感じます。

そうですねぇ。素の自分がとても自然に想っていることです。僕が一番主人公に乗り移っているところは、2番のAメロの頭<いつだって僕はまるまって なにもかも投げ捨てるほうで 見放されるのに慣れてしまったのかな>というフレーズ。これは完全に自分のこと。もう日記みたいなものですね。あと<キリのないちぐはぐ模様に どうか意味よあれ>とかも、自分の作る音楽にどうか意味よあってくれ、という気持ちもありますし。

―― 基本的にはポジティブなビッケさんがこんなふうに感じることがあるのは、意外です…!

そういう時期の記憶ですね。ただ、音楽以外のところでこんなこと言っていたらダサいから、僕はなるべく明るく振る舞っていたいんですけど(笑)。あとこれは『詩季織々』の映像を観た上での作詞だったので、その世界観でグッと来たシーンが自然と頭の中に残っていて、それがスーッと歌詞になっていきました。で、デモを映画サイドの方に提出するとき、ほぼ今の形に近い歌詞をつけていたんですけど「これは適当に歌ってあるだけで、歌詞はあとで変えます」とお渡ししたんです。そうしたら「歌詞が素晴らしいですね!」って言われて!全て変えるつもりだったからビックリしました。でもそれって多分、自分の無駄のない本音が降りてきたからだと思うんです。だからこの歌詞は自分のことでもあり、映画の物語のことでもあるような気はしますね。

―― この映画は中国の3都市を舞台にした3つのストーリー仕立てになっているんですよね。もしかして、タイトルの「WALK」って中国の暮らしの基だという【衣食住行】の“行”にスポットを当てたのですか?

え!なんで知っているんですか!?中国の暮らしの基礎が【衣食住行】だって知ってました!?

―― いえいえ!この映画について調べていたら、中国では【衣食住】ではなく【衣食住行】なのだと書いてあって、そこで初めて知りました。

photo_01です。

そうそうそう!僕も書き終えるまで知らなかったんです。中国の暮らしがテーマだってことだけ聞いていて、3つのストーリーそれぞれが、ファッションショーの話、朝食の話、引越しの話で【衣食住】になっているんですよね。でも僕には、映像の中に歩くシーンが多いなぁという印象がどこかにあったんでしょうね。だから<さあ歩こう歩こう歩こう>ってフレーズを入れたんです。そうしたら「歌詞が素晴らしいですね!」というバックと共に【衣食住行】の話を教えてもらって。「この歌の“行”によって【衣食住行】が完成しました」と言っていただけて。全くの偶然だったんです。きっと【衣食住行】が自然に伝わってくる摂理だったんでしょうね。

―― 3つのストーリーでは、少年と祖母の物語「陽だまりの朝食」、姉妹の物語「ファッションショー」、幼馴染同士の物語「上海恋」といろんな関係性が描かれていますけど、とくにビッケさんが共鳴した主人公はいましたか?

「上海恋」の主人公・リモくんかなぁ。僕は小学校の頃が人生で一番楽しかったと思っていて、そこがピーク。あとは下降線をたどっているんですよ。だから楽しかった昔を思い出しました。仲良しのみんなで、何の責任もなく、本当にこう…シンプルに人間関係を楽しめていたときですよね。それは恋愛も同じで、僕が小学校の頃、好きだったヤスヨちゃん…。もう「上海恋」なんて幼馴染同士の恋の話だから実体験にドンピシャで。だから主人公・リモくんが僕で、好きな幼馴染のシャオユがヤスヨちゃん(笑)。でもヤスヨちゃんはこないだ消防士と結婚したので、僕の初恋は終わりました…。

―― 歌詞には<見落として流れていったものが恋しくて>というフレーズが綴られていますが、その「上海恋」を観ていてご自身でハッと気付いた“見落として流れていったもの”などはありましたか?

あのねぇ…まともに恋愛をしていなかったということなのですよ(笑)。人を好きになることが出来なかったというか、拒んでいたかもしれないですね。大人になってからずっと。小学生の頃がピークだったと言いましたけど、恋愛でも僕はその時代を一番美しいと思っているところがあって。僕はあのヤスヨちゃんへの「好き」こそ、本当の「好き」だと思ってしまっているわけです。大人になると、色々と面倒ですし、結婚とかはもっと先の話になるとしても、いろんな要素が混ざってくるじゃないですか。

―― 音楽に集中しすぎて、しっかり恋をする時間もなかった…とか?

時間なんて腐るほどありましたよ(笑)!ただ、ゴチャゴチャしたものが煩わしいと感じていたんですよね。大人になってからの恋愛をいつまでも受け入れずに、子どもの頃の純粋無垢な恋心を大切にしすぎていたんだと思います。人並みに恋愛めいたことはするんだけれども、心から好きになることはできない。だから一番大切なときにも、結局ちゃんと恋愛をできなかったんですよね。で、27歳でやっと本当の恋を知ったわけで、その感覚をずっと忘れていたなぁと改めて「上海恋」を観て思いましたね。

―― では、ニューシングルに収録されているもう1曲、サマーラブソングである「夏の夢」の方はどのように生まれたのでしょうか。

これはストーリーテリングの要素が多いんですけど、きっかけはやっぱり自分自身ですね。まず夏の歌を書こうと思った時に、僕は夏なんて暑くてあんまり好きじゃなかったし、海なんか行きたくないし、焼けるのもイヤだし、もちろん“真夏のジャンボリ~♪”イェーイ!って歌詞は書けないんですよ(笑)。だから一度は夏の歌を書くのを諦めようかと思った。あまりに夏を楽しんでいないから、その心がわからなくて。

―― この歌もド頭から<夏なんて知らない>ってフレーズが来ますからね。

逆にそれがいいんじゃないかと。僕は夏を楽しんだことがありませんと。そこから最初に<夏なんて知らない>というサビが生まれたんです。ここはもう僕自身の気持ちですね。そして、そんな夏嫌いの主人公が<黄色い傘の下から はしゃぐ仲間を>眺めていたら、ひとりの女性が<僕のハイカットのスニーカー>をかわいいねとつっついた。僕がいつもコンバースのハイカットを履いているのでね。まぁその子は夏を楽しめる中村アンさんみたいな女の人でしょう。血が混ざっていて、クォーターなイメージでも良いですね。本来ならこんな主人公をケアするようなタイプじゃないように見えるんです。でも、わざわざこっちに来て「その靴かわいいね」なんて言ってくれて、そこから何かが始まるわけです!

―― 設定がかなり細かい(笑)。でもたしかに<引いた目線は海に立っていちゃ 決して見えない夏を見ていた>というフレーズなんて、夏が嫌いな人じゃないと書けないフレーズです。

そうなのよ!ここはまさに本質を突いているんですよね!本当はこのフレーズを核に広げても良かったんです。海側にいたら見えないもの。つまり主人公は遠いところからみんなを眺めながら「この夏が終わったら、楽しさも淡い思い出になってしまうのになぁ…」と思うんです。だから“僕にはみんながこれから悲しむ準備をしているように見えた”という歌にしようかと思ったほどで。この2行のフレーズにはそんな気持ちが詰まっていますね。

―― その物憂げな気持ちが<君>という存在によって一瞬で変わるわけですね。

そうそう、その人が来たことで望まぬままに夏の仲間入りをしていく感じ。そして徐々に心が開けてゆく様子を描いていますね。かといって、たった一夏でこいつはハッピーエンドになるほどまでは成長しない。きっと楽しめてもいないと思います。だけど、たしかに夏に対して何か今までとは違う感覚を持った。こいつに大切な夏が初めて訪れた、そんな歌ですね。

―― ちなみにビッケさんが楽曲で描く<僕>や<君>には、何か「こういう性格・性質が多い」というような特徴ってありますか?

主人公の<僕>は基本パッとしないですね。後ろ向きというより、物事を斜に構えている感じ。きっと“呑んだらえ~やん♪”とは言わないでしょう(笑)。やっぱり自分が核になっているから、どんな場面を描いてもそこまで<僕>の人間性はブレないですね。で<君>の場合は、理想の女性というより“理想の話に合う女性”かな。その主人公にどう接触して、どう結末を迎えるかということを考えたときに、その物語で自分が「クゥ~!」ってなるかどうか。「良いわ!よくそこでその行動を取った!」って思える<君>を書いている感じですね。

―― なるほど!たとえば「夏の夢」なら、夏ギライな<僕のハイカットスニーカー>をつっついて「かわいいね」という<君>にクゥ~!っとくるんですね!

そう!こんな素敵な出会いある!?だって<君>…つまり中村アンさん自身はパレオを巻いて、ビーチボールをして、夏をしっかり楽しんで、髪の毛も濡れているんでしょうよ。でも、ただのウェイウェイ女の人だったら<僕>みたいな地味な奴なんか見向きもしないですよね。だから<君>もどこか<僕>に近いものを持っているのかもしれない。もしかしたら昔の中村アンさんは夏を楽しみきれない女性だったのかもしれない。まぁ最近はそつなく楽しめるようになってきているけど、本当に私はこれでいいんだろうか…って本音があるのかもしれないですよねっ。そういう二人の接触…クゥ~!ですよ。トキメキでしかない。そういうものを僕はこれからも書いていきたい。自分がときめくストーリーを書いていきたいと思います。

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