第89回 Official髭男dism「宿命」
photo_01です。 2019年7月31日発売
 ロック・スピリットという言葉がある。その一方で、ポップ・センスという言葉もある。このふたつから伝わるのは、ロックが精神性を大切にするのに対し、ポップは指向性や応用力が重要だということ。でも、ここ最近メキメキと実力を発揮しつつあるOfficial髭男dismに贈りたいのは、このふたつを合わせた言葉、そう、「ポップ・スピリット」だ。

彼らの場合、ポップなものを目指す上での気力・体力が、ここ最近の他グループから頭ひとつ抜け出ている気がする。バランスのとれた人達だ。作曲、編曲、演奏、さらに全体の成否を大きく左右する歌唱において、欠点がみつからない。よく高校野球のチーム紹介などで、「攻撃力」「守備力」「チームワーク」とかって、四項目ぐらいをグラフにして比較したりするけれど、Official髭男dismが示すのは、整った広い面積の四角形である。

え? 高校野球? ということで、ここからは、過ぎ去りし今年の夏の『熱闘甲子園』テーマ曲「宿命」の歌詞について書いていく(ちょっと強引な“転調”で繋げてしまい、スミマセン(笑))。

まずこの曲なのだが、けっこう“大それたタイトル”である。宿命とは、けして逃れられないものなのだ。いったいこの言葉から、どう展開していくんだよー、と、ちょっと心配になったくらいだ。でもご安心を…。

“やつ”という接尾語による、言葉との程良い距離感

 作詞・作曲を担当する藤原聡の筆致に注目してみよう。さっき“大それたタイトル”と書いたが、やはりそのあたり、ちゃんと考慮されている。この言葉との、程良い距離感が保たれているのだ。実際に歌われるのは[宿命]ではなくて、[宿命ってやつ]という表現なのだ。同じく[生き甲斐]に関しても、[生き甲斐ってやつ]になっている。

言葉というのは不思議なもので、
本質的で大切なものほど気づけば“クサい”と言われがちだ。


 そもそも“クサい”とは、人々が言葉の重さを受け止めきれなくなった際、苦し紛れに取りがちな反応のことでもあり、その言葉自体が本質的で大切なものであることに変わりはない。なので、使うべき時にはその言葉以外ないわけである。

しかしそのまま使うと、どうしても“クサい”になってしまう。そんな時の巧みなアイデアとして、この歌では“やつ”という接尾語を活かしている。そのお陰で我々は、「宿命」や「生き甲斐」という言葉を、まっさらに、素直に、受け止められるのだ。

J-POPの新たな潮流を目指して欲しい

 さらに注目すべきは、[「大丈夫」や「頑張れ」って歌詞]に[苛立って]のところ。なぜ[苛立って]しまうのかというと、他人の励ましが逆効果となり、鬱陶しく感じるからだろう。

よく言われるのは、大丈夫なのに「大丈夫?」って訊かれたり、頑張ってるのに「頑張れ!」って言われた時のやり場のなさだ。そういう時は、「もぉ~、ひとりにしておいて!」と叫びたくもなる。

そんな一般の感情を扱うと同時に、この部分は“次なるJ-POPの歴史は僕らが背負っていくぞ”という爽やかな宣言とも受け取れる。かつての“励ましソング”をそのまま踏襲するだけじゃ、新時代の励ましにはならないことを、Official髭男dismのメンバーは知っているのだろう。もちろんこの件に関しては、これからも彼らは歌作りにおいて、トライを続けていってくれるのだろう。

もうひとつ、書かせて欲しい。いま取り上げたフレーズの手前に、主人公の両耳のイヤフォンに[沈黙が続いた]という描写があるのだ。無音のイヤフォンを登場させるというのは、実に新鮮だ。無があるから有もあるわけで、この対比を持ち込むことで、改めて音楽が鳴り響くことの大切さ、素晴らしさも伝わる。この歌の冒頭には[歌うメロディ][振り向いた未来]があったのに、ここでは[遠ざかってく未来]に変化してしまっている。でも、再び音楽は鳴り始める。

最後に、この歌が『熱闘甲子園』を意識して書かれたであろう部分に関して、付記しておく。まず[バッテリー]。これは主人公のDAPの電源のことでありつつ、ピッチャーとキャッチャーのバッテリーをも彷彿させる。[群青の空]というやや古風な表現は、勝者が試合後に歌う校歌に出てきそうな言葉である。[僕らの背番号]という表現は、選手達を直接表わすようでいて、巧みな比喩になっている。

そして何より全体の曲調が、合唱曲・合奏曲としても通用する雰囲気なのも、甲子園という場所柄が、視野に入ってのことだろう。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

NHK-FMの「Mr.Children三昧」と「小田和正三昧」、このふたつの生放送に、ちらっとコメント出演などさせて頂いた。最近の生放送はリアルタイムでツイートしてくださった聴取者の方のコメントを、番組内容に活かすのが普通らしく、なかには僕の喋りに関して感想をくださる奇特な方もいらっしゃった。そしてそれが、本人にはまったく思いもよらなかった反応だったりして、いやー、勉強になりました。