第84回 JUDY AND MARY「そばかす」
photo_01です。 1996年2月19日発売
 さて今回は、JUDY AND MARY の「そばかす」を取り上げる。ちょっと前にもカゴメの『野菜生活100 Smoothie』のCMで使われていたので、リアルタイムで知らない人も耳にしたことある作品だろう(CMで流れていたのは、ソロ・ユニットAlfred Beach Sandalとしても活躍する北里彰久がカバ-したヴァ-ジョンだった)。

YUKIが納得して歌入れ出来たという「そばかす」


JUDY AND MARY にとって、ビッグ・アーティストへの地歩を固めたミリオン・ヒットとして有名だ。ボーカルのYUKIにとっても、ボーカリストとしての節目となった。『GIRLY★FOLK』という本のなかで、彼女は“初めてレコーディングで思うように歌えた”のがこの曲だったと明かしている。まさに他の追従を許さない、パンクだけど可愛くて、可愛いだけじゃなく気高く勇ましくもあった当時のYUKIの歌が、本人も納得のもと、見事に花開いたのがこの作品である。

あの名フレーズが、生きてることの実感を伝える

 この歌といえば、やはりあの名フレーズである。そう。[想い出]というものは[いつも キレイ]なのだけど、それだけでは[おなかが すく]のところである。

その際特徴的なのは、想い出の取り扱い方ではなかろうか。こうした感情が歌に登場する場合、(結末はともかく)普通はとりあえずは“浸る”のが一般的だ。しかしこの歌は、[いつも キレイ]といったんは認めつつ、それだけでは[おなかが すく]と現実的なところを攻めてくる。

主人公の状態を、もっと詳しくみてみよう。実は彼女も想い出に浸っていないわけではない。でもふと気づけば、お腹が空いている自分に気づき、そっちの意識のほうが、大きく頭の中を占めることとなる。なぜお腹が空くのかといえば、生きているからだ。もしや一番伝えたかったことはこのことかもしれない。生きている、そのこと自体が素晴らしい!

実は主人公、根っからサバサバした性格でもなさそうで、最後まで歌を聴くと判明する。失恋し、[あの人]の[笑顔]や[涙]を思い出せない自分に対して、[どうしてなの?]と、自問自答している。ここは哀愁ポイントだ。この歌は、エンディングで泣ける。

大切なポイントである[汚れたぬいぐるみ]の部分

 この「そばかす」。改めて歌詞を眺めてみると、[おなかが すく]以外にも、素晴らしい表現があった。[汚れたぬいぐるみ]が登場するあたりだ。主人公の思春期に、ふとここで、幼児の頃のことが顔を出す。思春期という十代を描いている歌なのに、幼児の頃というれっきとした過去も詞のなかに置かれたことで、彼女の“今”が、より凝縮したものとしてリアルに伝わってくる。なのでこの部分は重要だ。

ちなみにこの歌には、“そばかす”と同格とも思える思春期ワードが巧みに散りばめられている。[やせた胸][ピアス][星占い]、などだ。また、この女の子はやがて社会に出て、リッパなレディになっているのではと予感させる部分もある。[あたしの性格]を、ちゃんと客観的に分析しているのだ。

急遽、この作品は書かれたのだった

 これは有名なエピソードのようだが、この歌の誕生には、こんな経緯がある。急遽、アニメ『るろうに剣心』のテーマ曲の話が決まり、1週間ほどで作詞作曲されたのが「そばかす」なのだとか…。急遽…、だった裏には、もしかしてオトナの事情もあったのかもしれない。

それでも恩田快人が底力を発揮して名曲を書き下ろし、YUKIがまさに、顔にそばかすがある思春期のココロ模様を、見事に真空パックしてみせたのだ。

作品は、何もないところからは生まれない。この場合、もともとアーティストに備えられていたもの(または、備わっていたけど本人が気づいてなかったもの)が、“踏ん切り”を迫られ、理想的な形で作品化されたってことだろう。

こういう話、けっこう耳にする。時間をかけて、丹念に作られた名曲もあれば、パッと浮かんでササッと作って名曲になったものもある。時間が非常にタイトな中で生まれたものとしては、他にも「世界に一つだけの花」などが有名である(槇原の作品に関しては、「言葉の魔法」連載第15回をご参照ください)。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

先日、サントリー・ホールでジャズ・ピアニストのブラッド・メルドーのライブを観てきた。ジャズの場合、まさに生演奏に触れることは一期一会。一音も聞逃すまいと客席で集中した。ベースもドラムもレギュラーの人達で、息もぴったり。名演、快演の連続となった。若くしてメジャー・レーベルからデビューした人だけに、音楽のエンターテインメントとしての側面も分かった上でのセットリストであり、個人的にはメルドーの弾く、実にリリカルな「 マイ・フェイヴァリット・シングス」を聴けたのが嬉しかった。