第48回 宇多田ヒカル「First Love」
photo_01です。 1999年4月28日発売
 ここにきて本格復帰と相成った宇多田ヒカル。そして我々のもとへ届けられたのが、NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』の主題歌、「花束を君に」であった。初めて聴いた時はちょっと地味かなと思ったけど、聴く度に味わいが増していく素晴らしい曲だ。でもぜひ、フルコーラス聴いてみることをお奨めしたい。シンプルなようでいて、聞き飽きない工夫がたくさん施されている。そして3コーラス目が始まると思いきや…。ここがすごく自由な閃きに満ちていて実に新鮮だ。クドいようだけど、ぜひぜひフルコーラス聴いてみてください。リズム楽器のように加えられている吐息もいいアイデアだ。

さて、つい新曲の話になってしまったが、今回は1999年のヒット曲「First Love」である。でもこの曲の発売年度を改めて調べたら、ギリギリ“20世紀の曲”だった。驚きだ。そんな前だったのか…。いやでも、名曲は時を超える。今も聴けば、歌い出しからして一発で心を掴まれる。小刻みに震えるかのような“最後のキスは”という、その時の彼女の声のトーン…。いつ聴いても素晴らしい。

女子が対象年齢よりちょっと上の雑誌を読むような

 この曲がリリースされた時、宇多田ヒカルは若干16歳だったと思うけど、ハッキリ言って日本の普通の16歳だったら、こんな世界観は歌わないゾと思うくらい大人っぽかった。この曲に限らず、そもそもデビュー曲の「Automatic」からしてそうなのだけど、日本のティーン達の間で瞬く間に大ブレイクした要因のひとつは、ここにあるのだろう。彼女の大人っぽさ。それはアメリカで育ったことも関係あるだろう。日本よりも早く、精神的な独り立ちを促されそうなのがアメリカ社会。恋愛も同じ。そしてもちろん、音楽なのだからサウンド的なこともある。R&Bに根ざした、音の行間こそがモノをいうような感覚も、みんなが大人っぽいと感じた要因だった。

「First Love」なんだから、この曲のタイトル、訳せば“初恋”だけど、そう日本語にした途端、原曲からは遠くかけ離れたイメージとなる。日本のティーンが歌う“初恋”といえば、恋愛初心者の淡い心模様を描いたものが一般的。でもこの曲に、そういう淡さはない。もしかして、この歌が日本のティーン達の間で爆発的なヒットとなったのは、大人が制作してこの年代に与える歌がさっきの“初恋”寄りなのに対して、「First Love」は同世代がちょっと背伸びして聴けたからかもしれない。これ、女子が対象年齢より少し上の雑誌を読むことでワクワク・ドキドキするような感覚に近かったのかも。そしてこの歌は、実年齢が大人の人が聴いたら、そのまま歌のなかの恋愛感情がリアルに響くものでもあった。最終的には幅広い層に届いたわけだ。

バイリンガルが歌詞に与える影響とは

 自分が英語ダメなものだから、バイリンガルの人につい憧れてしまう。そもそもバイリンガルとは、単にふたつ以上の言語を操れる、ということだけじゃなく、ふたつ以上の文化を理解している、ということでもあるだろう。歌詞を紡ぐ際にも、もちろん有効だろう。でも実際、宇多田ヒカルの歌詞は英語の部分も多い。単に洋楽的に聴ける。洋楽的に聴けるけど日本語の部分も同時にポイントだから邦楽的にも受け取れる。
この歌のなかで筆者が“バイリンガル的”だと思うところを具体的に見ていくことにしよう。まず“タバコのflavorがした”だ。ここ、敢てこの単語を採用しているのは、そもそも〈flavor〉を“フレヴァ”くらいにネイティヴに発音する前提があってのことだろう。もし日本人が普通にカタカナ英語で発音する“フレーバー”ならメロディに対して言葉が納まらないと最初から感じるだろうし、他の単語を探したと思うのだ。そう。例えば無難なところでは“タバコの匂いがした”、みたいに…。もっとも、そのあとに“せつない香り”と出てくるので、重複を避けた、ということも考えられるが…。

次にサビのところだ。“You will always”から英語詞が続いた後の“場所があるから”“恋に落ちても”のところ。作曲段階では英語で発想した英語がそぐうメロディなんだろうし、まさに英語でこそ盛り上がるサビなのだけど、ここの後半の、日本語へのチェンジは注意が必要だ。ややもすると歌をそこで萎縮させてしまったりもする。よく言われるのは、日本語を嵌(は)めると英語に較べて言葉数が限られ、ひとつひとつの単語が間延びした雰囲気になってしまうこと。でも宇多田ヒカルは、このあたり、“バイリンガル的”な発想での工夫をしていると思われる。それは“場所があるから”だったら“バァショガアァルカラ”みたいに子音を増殖させて歌っているように聞こえる点だ。“恋に”も同様で、“コォウゥイィニィ”みたいに聞こえなくもない。そしてこのことで、英語から日本語にチェンジしても淡白にならない歌を完成させているのだ。

主人公は相手の心変わりをどのように知ったのか

 今回、改めて「First Love」を聴き直して、ひとつ気になったのは、この歌の主人公は、どのようにして相手の心変わりを知ったのか、ということだった。もっとも冒頭で“最後のキス”と歌っているくらいだから、いずれかのタイミングではっきり別れを告げられた、ということかも知れないが、それだとこの物語、なんか膨らんでいかない。かといって第六感の始動、つまり歌の文句によくある“あなたの瞳のなかにもう私はいないの”的な記述もない。巧みなのは、今、この時、つまり別れの場面をグジグジ描かず、“明日の今頃”という、そこに気持ちを飛ばしていることなのだ。今は信じたくない24時間後。そにには別々の二人の姿。相手は誰かと笑っているかも知れないけど、自分はきっと泣いている…。

ただ、主人公はこの恋を後悔しているのかというと、そうでもなさそうだ。それは英語詞の部分によく現われている。“you”が自分に教えてくれた愛はずっと胸のなかに在り続けるだろうと歌っている。そしてこれ、未練というより、この相手は“人を愛することを教えてくれた恩人”的なニュアンスも少し伝わってくるのだ。
“love song”“新しい歌”と、このふたつの言葉が並んでいる箇所。このふたつはそれぞれ実際の音楽、歌のことじゃなく、自分自身の恋愛をそのものをそう例えているのだろう。何気ない言葉の使い方のようで、とても印象的な部分でもある。

最後に、よく話題になることを

 サビの前の、歌詞カードには“想ってるんだろう”と表記されているところを、宇多田ヒカルが実際には“想ってるんダハァ〜”みたいに歌っている部分である。これ、人によって様々な解釈があるだろうけど、僕の説としては、“ひとり多重歌唱”だと思うのだ。頭の中では、彼女はちゃんと語尾も含めて“想ってるんだろう”と歌っているのである。でもそこに“アハァ〜”みたいな溜め息系コーラスを重ねたいという意思もあった。そしてそれをひとりで多重にやった結果、ああいう形になったのだ。きっと日本語の“だろう”そのままだと、重たい響きでヌケが悪いと咄嗟に感じたのかもしれない。まさに彼女の閃きが、そのまま記録されているということかもしれない。いや、何度も考え何度もテイクを録った結果なのかもしれないけど、こういう閃き、実は新曲「花束を君に」にもある。すんごいニュー・アルバム期待してます。
小貫信昭の名曲!言葉の魔法 Back Number
プロフィール 小貫 信昭  (おぬきのぶあき)

文章を書くことと歌が大好きだったこともあって、音楽を紹介する職業に就いて早ウン十年。でも新しい才能と巡り会えば、己の感性は日々、更新され続けるのです。さてここ最近は、いわゆるオフィシャル・インタビューが続きました。あまり取材のスケジュールが出ないアーティストに代表して取材するわけで、責任も重大なのですが、自分が訊きたいことだけでなく、幅広い層の受け手の顔を思い浮かべいるうち、自ずと“POP感覚”が鍛えられる場でもあるのです。あとライヴでは、超久しぶりに観た岡村靖幸が最高でした。